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258.永遠に大事にしたい、なにか


今年は家の中を大改造したので、寝室の一角がワークスペースになった。それまでのようにリビングの大きなテーブルで広々と仕事をするのも好きだったけど、静かな夜にダークブラウンが基調の寝室にこもってなにかを読んだり書いたりすることも、とても好きな時間になった。

寝室は西側に面していて、わりと大きな窓がある。その窓から、夜景とはとても言えないくらいの、けれども人々の明るい営みが夜を照らすあたたかな光がたくさん見えて、そして少しだけ遠くには線路が見える。
夜の闇の中で、遠くを走る列車の光の粒々が流れていくのがとてもきれいで、まだ幼かったうたちゃんとかんちゃんを窓辺に座らせて、よく眺めていたのを思い出した。子どもたちは電車が走るのを見るとよろこぶから、この窓からいつでも見られてよかったねと、そんな話をここに引っ越してきたときはよくしていたっけ。


さすがにいろんな予定をキャンセルさせてもらったりしたおかげで、調子を取り戻しつつあります。今日もほんとうだったらすてきなヒトとのデートだったのですが(趣味なんです、すてきなヒトとのデートが。デートって世界で一番美しい行為だと思いませんか。わたしは思います 笑)、それも泣く泣くキャンセル。
いま、お酒飲めないもんなあ。

おうちで本を読んでいる。っていうかわたしの人生をぎゅっと凝縮したら、たぶん寝ている時間の次くらいに、おうちで本を読んでいるだけの人生なんじゃないだろうか。まあいいけど。

外国の小説を翻訳したものを読んでいたのだけれど、その翻訳者のかたの日本語の文章の美しさにものすごくしびれた。

まだ恋人になっていない、微妙な関係の男の子。その彼に連れられて、彼の大好きなおばあちゃんの経営するパン屋さんに連れていかれる女の子。その女の子は彼のことが好きなんだけれど、とてもすてきな男の子なので、自分なんか相手にされるわけないよねって思って、勝手に諦めていて、けれどそうやって、彼が自分のプライベートな領域に彼女を何気なく連れていってくれることがどうにも嬉しくてたまらない、みたいなあまずっぱい感じのシチュエーションの描写だったのだけれど、その少年が、おばあちゃんのために重い小麦粉のふくろを運んであげていて、ただ外のバックヤードから小麦粉を担いでそのベーカリーに入ってくるという、その瞬間にふいに彼女の中で、その光景が光り輝いて見えたとき、


その光景は、彼女が永遠に大事にしたい何かであった。


と書かれていて。その一文を読んで、なんだかわたしの世界にもふいに永遠とやらが現れて、すべての音や時間がそこからなくなってしまったようなガツンとした恍惚感がやってきて、息をするのを忘れてしまうような感じだった。

わたしの中にもたしかにある「永遠に大事にしたいなにかであった光景」という、その心象風景がよみがえってきたのだと思う。そのひとの文章があまりにも美しいので、まるで音楽を聴いているかのようにそれを読んでいて、そしてその一文にやられてしまったのだろう。

ロマンティックな思い出はもちろん、わたしが窓辺にちいさな子どもたちを座らせて、流れていく光のような列車のあかりを指さして「ほら、みてごらん。でんしゃだよ。きれいだね」ってささやいていた日々の光景もやっぱり、わたしにとっては「永遠に大事にしたいなにか」に属することなんだな、と思った。

おばあちゃんのために小麦粉を運んできた少年が、お店に入ってきたときの光の差し方とか、粉っぽい店内が少しかすみがかったように見えたり、その袖をまくり上げた彼の、まだ線は細いんだけれど自分とはちがう男の子っぽい腕の感じ、笑っているおばあちゃんと、焼きたてのクロワッサンのバターのいい匂いとか、そういうものが全部、そのときだけの一瞬の魔法みたいに、その女の子の恋心に「永遠」というものを刻み込んだのだろうな。

やっぱり言葉や文章は、わたしの中では「情報」ではなくって、「魔法」とか「装置」とか、そういうものに属するなあ。
ホワイトマジックじゃないですか?笑

わたしは文章だけで、そのひとの文章を読んだだけで、どんなひとかわかる自信があるよ。ほんとに。



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