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君、思い違いをしちゃいけない。僕は、ちっとも、しょげてはいないのだ。

秋の匂いが漂い始めた月曜日、1年近くふたりだったわたしたちはひとりに戻った。
「楽しかったね、ありがとう」と言い合って、綺麗にお別れをした。
最後の彼女になれるとは思っていなかったけど、終わりが来るのがこんなに早いとも思っていなかった。

わたしが振られたのか振ったのか、「別れよう」という決定的な言葉はないような曖昧な別れ方だった。
だけどたぶん、わたしが振られた。
彼の気持ちがなくなっていたから。
それにわたしも気づいていたから。

好きな人とお付き合いしたことも、好きな人と別れることも初めてだった。
だけど、大丈夫になるのに時間はかからなかった。
翌日の火曜日は部活の練習があったが、誰にも気づかれないくらいにはなっていた。
わたしって自分が思っているよりも、しぶといらしい。
ちゃんと大好きだったんだけどな。失恋ってこんなものなのか。
ちょっと調べてみたら、マイナビニュースによると、女性の35.9%は1週間〜1ヶ月くらいかかるらしい。翌日にはすっきりしているわたしみたいな人は8.8%らしい。へえ〜〜。


とはいえ、別れることになった月曜日は朝から辛かった。いや、日曜日の夜からわりとしんどかったかも。あれ、わたしいつからしんどかったんだろう。
彼の気持ちがもうないことに気づいたときからずっと、息がうまくできていなかったような気もする。


月曜日の朝、わたしは別れ話をする覚悟で身支度をした。
今日が最後だろうなと感じていたからだ。
ふたりになれた日と同じワンピースを着て、同じアクセサリーをつけて、同じ香水を纏った。
彼は気がつかなかっただろう。

メイクのお供にはSHE IS SUMMERの『とびきりのおしゃれして別れ話を』を選んだ。
彼はそんなことに気づかないだろうけど、気合いの入ったメイクをした。
ベースメイクにとにかく時間をかけたし、デパコスを使いまくった。
「今日のわたしの顔面、総額いくらなんだろう」なんて現実逃避をしながら。
いつもは巻かない髪を巻いて、ここ最近でいちばん可愛いわたしになった。

夜ご飯を一緒に食べる約束だったので、「これが最後の晩餐だなあ。13人もいないけど。」と、つまらないことを考えるなどしながら、内容が全然はいってこない授業を受けたが、本当にそれどころではない。
きょう恋人と別れるかもしれないと思いながら受ける授業は、どれだけの人が集中できるのだろう。
わたしはそこまで大人ではないので、「どうやって切り出そう」「どういう言い回しをしよう」「なんて言ったらいいんだろう」「でも、別れる方向になるだろうな」と考えながら彼との日々も綴られている日記を読み返していた。

授業が終わって駅で待ち合わせをして、洋食屋さんに行った。
今までだったら繋いでくれていた左手も繋がれていないし、会話もあまりない。
付き合う前は、1年くらい前は手を繋ぐだけでどきどきしてたなあ、付き合ってからは手を繋ぐと安心感があったなあ、と もう戻れないであろう時間に思いを馳せて切なくなった。
電車にふたりで乗っているときも、今までだったらわたしの近くへ来てくれていたのに、この日のわたしたちはドアの前で狛犬のようになっていた。
わたしたちは、いや、彼は分かりやすいくらいに冷めていた。

「単刀直入に聞くけどさ、もう冷めちゃった?」

授業中に考えていたプランAでもプランBでもプランCでもない終わりの始まり。
オムライスを半分くらい食べたところで切り出した。
声が少し震えていたことに彼は気づいただろうか。
彼は食べていた手を止めてわたしの方を見てくれた。

やはり恋人としては見られなくなっているようだった。

それからこの1年たのしかったとかいろいろな話をしたが、彼の前では絶対に涙を流したくなくて、にこにこ、というよりもへらへらしていた。
「何がいちばん楽しかった?」と聞いたら彼が「一緒にいてずっと楽しかった。くだらないことが楽しかった。俺がふざけたらリアクションしてくれて。」と言うから少し泣きそうになったけど、なんとか、こらえて。
「わたしリアクション芸人だからね」とか訳のわからないことを言ってしまった。
泣きたくなかったの、ばれていたかもな。

駅でわかれたときも笑顔でいられた。
1回わかれたあと、いつもだったら絶対に振り返ってまた手を振り合っていたけど、この日はもう振り返らなかった。
彼も振り返らなかったのだろうか。
いつもだったら「またね」って言っていたけど、「ばいばい」と言った。
彼はこんな細かいところに気づいただろうか。気づかないか。
ふたりでまた振り返って手を振り合うあの時間、本当に好きだったな。

そのままホームへ向かい、ひとりで電車に乗っていたら涙が勝手に出てきた。

「どうせ優しかった君しか 思い出せなくなるわ
それが悲しく思えるほどに 君の全部 愛していたんだ」

イヤホンから聴こえてきたこの歌詞にひどく共感してしまった。
アスノポラリスの『都合がいいな青春。』
こんなアップテンポな曲が泣くきっかけになるとは。
きっと思い出すのは楽しかったことばっかりなんだろうな、と思うとそういう時間をもう彼とは過ごせないことが寂しく思えた。
お散歩とかして、最後の時間をもっと過ごせば良かったかな。

彼にはお誕生日をお祝いしてもらっていないから、もう気持ちがないのなら、余計な期待をしちゃうお誕生日前に振ってよね。
とか、
わたしが今日この話をしなかったらこの雰囲気のまま1年記念日どうしてたんだろう。
だとか、いろいろと思うところはあるけども、小さなモヤモヤはいろいろとあったけども、彼と恋人でいた時間は本当に幸せだった。

帰りの電車で、失恋したことを付き合う前から応援してくれていた人たちに報告した。
とてもあたたかい言葉をくれる人。
電話してくれる人。元気が出る動画を送ってくれる人。
見守ってくれる人。
本当に素敵な人たちに囲まれていることにあらためて気づけたし、失恋も悪くないかも。



彼に会いたいなって思いながら聴いていた曲のプレイリスト、スマホの壁紙、ホーム画面、スマホケース。彼がUFOキャッチャーでとってくれたぬいぐるみ。
日常に彼が潜んでいたことに気づく。
彼の名前を漢字でユーザー辞書に登録していたし、もうすでに変えたけどインスタのトプ画もnoteのアイコンも彼が撮ってくれたわたしだったし。
どうやら彼のことを探す癖も考える癖もついてしまったみたい。
観たい映画や美味しそうなお店、彼が好きそうなラーメン屋さんを見つけたときとか、そういう些細な瞬間に「ここ彼と来たいな、ああでもわたしたちもう恋人じゃないや」って思うのだろうか。これは厄介だな。
わたしの日常から彼を消していく、つまらない作業をしないと。

この1年、本当に楽しかったな。幸せだった。ちゃんと好きだった。
あ、わたしのどこが好きだったのか聞き忘れちゃったや。悔し。
月曜の夜は日記を書きながら、手がクリームパンの『幸せだったね』を聴いて半年分くらい泣いた。わたしに音楽があって良かった。

彼と別れた次の日、飲みに行った。
そこである男の子がこっそり手を繋いできたり太ももに触れてきたり「可愛い」と耳打ちしてきたりしたけど、きゅんとしなかった。
どうやら、失恋後の適当さやちょろさはないみたい。
わたしは大丈夫そうだ。

自暴自棄になるかと思っていたけど、ちゃんと自分のことを大切にできている。
今のわたしは、彼にというよりも彼との思い出に未練があるのだと思う。
だって、いま恋愛として好きだなって感情が全然ないもん。
失恋ソングを聴いて涙が出ることもない。
強がりだと思われるかもしれないけど、本当に好きじゃなくなっている。
彼と過ごした時間があまりにも楽しくて美しくて、でももうその時間が更新されることがなくて、それが少しだけ寂しいのだと思う。

彼は笑顔が素敵な、かなり不器用な人だ。
わたしの周りは不器用な人が多いが、彼は特段、不器用だ。
言葉選びが本当に下手っぴ。わたしが言葉にとても気をつかっているのに対して、彼の言葉はあまりに真っ直ぐで予想できないことが多く、面白かった。
なかなか「好き」とは言わない人だった。でも態度で示してくれる人。
わたしが「好き」と言っても言葉ではくれなくて。だけど一緒にいる時間は「この人、わたしのこと大好きじゃん!」って思えるくらい態度で伝えてくれる人だった。
だからこそ、冷めたこともわかりやすかった。
そんな彼がとても愛おしかった。

たくさんの初めてをくれて、わたしのことを不器用なりに大切にしてくれた彼には心から感謝している。そもそもこれを読むことはないと思うけどね。
とても好きでした。大好きでした。ありがとう。ばいばい。

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