一生、忘れられない人。

彼はアルバイト先の本社の主任で
7歳年上でした。

大きい眼に漆黒の髪、
スレンダーな体格は
私の好みにぴったりで
(私が過去にお付き合いした人は
みんなこのタイプです😅)
生まれて初めてラブレターを書き
店長経由で渡してもらいました。

私の顔さえ知っているか
怪しいものでしたが、
何故か運良く私たちは
お付き合いすることになりました。

当時、私は
中高一貫の女子校を出た後
男子学生が3分の1しかいない
社会福祉学科に在籍していて、
家では三姉妹の末っ子。

男性との関わり方が
全く分からず、
大きな身体や低い声に
恐怖さえ感じる
恋愛初心者どころか
男性恐怖症予備軍でした。

私は彼のことが大好きでしたが
接し方が全く分からず、
楽しい会話も緊張して出来ず、
こんな私と付き合って
楽しいのかと落ち込み、
ぐるぐる空回りばかり
していました。

一方で彼は
恋愛には慣れた様子で
進むスピードが早かったです。

最初、腕を組むよう言われて
上手く出来なかったら
困ったように笑って
「これならいいだろ？」と
手を繋いでくれたのですが、

それでさえも
手を離すタイミング、
再度繋ぐタイミングが分からず、
カチンコチンになっていました。

彼とはデートの終わりの夜、
よく道端でキスをしました。
月の光が彼の肩越しに
見えるときもありました。
コーヒーの会社で
働いているだけあって？
キスはいつも
コーヒーの味がしました。

私は未だにコーヒーが
全然飲めません。
酔っ払ってしまうし
眠れなくなるのです。

「コーヒーの味がする」

「じゃあ今日は眠れないな」

彼の低くて甘い声も
大好きでした。

「犬と猫、どっちが好きですか？」

「どっちも好きじゃない。
　俺なんか好いてくれるヤツは
　いないと思うから、　
　だから好きじゃない」

仕事も出来てオトナで
パーフェクトなのに、
こんな考え方をするところも
守ってあげたくて好きでした。

今考えると
彼も当時20代。
立派なオトナに見えたけど
まだ脆い年ごろだったんですね。

私たちは自然消滅しました。

卒業して特養で働き始めた私は
多忙を極め、
彼と会う時間が
全然取れませんでした。

「オレと仕事と、
　どっちが大事なんだよ」

「仕事！」

どうしてあんなことを
言ってしまったのか
分かりません。

とにかく人の気持ちを
思いやれない
嫌な子でした。

ちゃんと「好き」と
ことばに出して言えませんでした。
どれほど大切に想っているか
全く伝えられませんでした。

本当を言うと
彼が私のことを本当に
好きだったのかさえ疑問です。

しばらく連絡しないまま
渡英することが決まり、
飛行機に乗る何日前
だったでしょう。
彼に電話をかけました。

留守電になったので
メッセージを入れました。
内容は覚えていませんが、
自分の声が酷く震えていて
気持ち悪いくらい嫌悪感を
覚えたのは忘れません。

英国でも
頭の中は彼でいっぱいでした。

英国のナーシングホームには
1階にピアノがあり、
私は好きな時に引く許可を
頂いていました。

仕事が終わると毎日のように
私はそこでピアノを
弾いていました。

田舎だったので、
他にやることも無かったのです。


すぐそばには中庭へ続く
ガラス張りのドア。
日本より早く陽が沈む季節は
彼とキスしたあの暗がりを
思い出させました。

私は彼を想って
夜に合いそうな曲を
よく弾いていました。

中でも覚えているのが
ドビュッシーの月の光です。
原題は、Clair de Lune.

私がピアノを弾いていると
レスターがよく
ギターを持ってやって来て
一緒に弾いてくれました。

レスターは私が弾く
ドビュッシーの月の光を
「思いがちゃんと入っていて
　感動する」と
とても気に入ってくれました。

レイは楽譜を持ってきて
「弾いて！」とせがみ、
私の伴奏で歌を歌いました。

ジョーイは中庭でよく
ゴルフの練習をしていましたが、
私が弾いていると
「hey!みおいち！」と
必ず寄ってきました。

気づくと私の弾くピアノの周りに
仲間が集まって
談笑したり歌ったりしてくれました。

私はこのナーシングホームで
日本人が当初たった1人だったので
気を遣ってくれたのだと思いますが、
この心優しい仲間たちと
繋げてくれたのは
彼への想いだったのかな、
なんて思います。

いまでも月の光を
弾くことはまれにありますが、
もうあんなに心を込めて
切ない感じでは
弾けなくなってしまいました。

🎹🎹🎹🎹🎹🎹🎹🎹🎹🎹

たぬきの親子さんのこちらの企画に
参加してみました。

たぬきの親子さん、
素敵な企画をありがとうございます。

お陰さまで青春を思い出しました✨

#愛した人・愛する人と重なる曲