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前を向くためのハンドウェブ。


今、私の体には12のピアスが開いている。両耳に5つずつ、体に1つ。そして先日、ハンドウェブ(手のひらの水かき部分)にピアッシングをした。


左手の人差し指と中指の間にちょこんと青いジュエリーが光っている。ずっと開けたかった部位。おそらくこれが安定すれば私のピアッシング生活は終わることだろう。

初めてのピアッシングはまだ10歳にも満たない頃だった。父の仕事の都合で在米していた時に母と姉と叔母と一緒にロブ(耳たぶ)に開けた。

次に開けたのは大学の頃。左のロブに2つ、右のロブに1つ開けた。軟骨ピアスに憧れはあったが、この時は多少服装規定の細かいアルバイトをしていたので開けられなかった。

社会人になり、うつを発症して休職、復職、そして揺り戻しでうつが悪化して退職をしてしばらくした頃に、ふと軟骨ピアスを開けようと思い立った。今なら仕事をしていないので誰にも咎められることはない。

何も変えられない現状に対抗するための自傷行為にも近かったのかも知れない。左のヘリックス(耳上部の外側)に2つ連続で開けた。これは後に位置や角度が気に食わずに開け直すことになったが、ずっとしたかった軟骨ピアスを着けるのは何とも気分が良かった。

それからまた数年。少しうつの容態が安定してきて家でたまにライターの仕事をするようになってから、ふと別の場所にピアスを開けたくなった。当時はストレスが溜まると衝動的にピアッシングをしたくなっていたように思う。

何かに追い立てられるかのように、右耳のアウターコンク(耳上部の広い軟骨部分)とインナーコンク(耳下部の奥まった軟骨部分)、トラガス(顔に近い位置にある三角形もしくは台形型の軟骨部分)と次々に開けていった。

衝動的に開けたとはいえ、どのピアスにも思い入れがあり、開けたことは後悔していない。耳に関しては綺麗に配置できて満足していた。ただ1つ、耳以外でいつか開けてみたいと思っていた箇所があった。

それが冒頭のハンドウェブである。指の間でチラリと光るそれは何だか不思議な魅力を放っているように思えた。

入念に下調べをして、安定せずに排除される(体がピアスを異物と判断して押し出す)ことも理解した上で、個人的な記念日に自分でピアッシング。腫れを考慮して19mmの長いシャフト(軸)、14G(1.6mm)のニードルに14Gのピアスを選ぶ。

排除を少しでも避けるために比較的深い位置に開けたが、痛みは思っていたよりも無かった。ピアスを開けるニードルとピアスを無事に接続し、青い海のような色のジュエリーをつけた。

手はよく動かす位置なので、早ければ数ヶ月と持たずに排除されてしまうらしい。だが排除されずに安定した例も散見されたので大切に育てようと思った。下手に刺激を与えると排除の原因となってしまうため、当分の間は防水絆創膏のお世話になる予定だ。

腫れは思ったほど酷くなく、シャフトが随分と余っている状態なので、様子を見て大丈夫そうならもう少し短いシャフトに変える予定。

このピアスは過去と決別して前を向くためのピアスだ。

しばらくはまだ絆創膏を取り替える時に眺めるだけになるだろう。絆創膏の上からでもうっすらと青が透けて見えるが、絆創膏を剥がした時の輝きは筆舌に尽くし難い。

随分と穴だらけな人間になってしまったが、これらのピアスは私が痛みを覚えてでも生きていこうと足掻いてきた証なのだ。鏡を見る度にそれを思い出し、私は今日も何とか生きている。

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