見出し画像

『20年後のゴーストワールド』第1章・私のシーモア(3)夢は孤独死

コロナが5類感染症に移行して、巷のバンドのライブ活動も以前のように活発になった。ライブハウスも通常営業に戻った。床に貼ってあった足跡の図や、マス目のテープもなくなった。打ち合わせなどリモートでやりとりしていたことも対面でできることが増えた。おじさんの携わっているバンドもレコ初ツアーのために音源を作りたいだの、バンドが動き出すのと同じくおじさんは忙しくしているようだった。

毎日とはいかないまでも二、三日おきにおじさんとDMのやり取りは続いていた。今や連絡手段はDMでもLINEでもさほど変わらないけど、こんだけ文面で話してるからLINE交換しましょうとなった。今思えば、インスタのDMでやり取りしてた時はまだどこかSNS上でやり取りしている感じがあり、少し緊張感が残っていた。LINEになってプライベートな対個人な雰囲気になり、箍がはずれてしまった感じもする。それが良くなかった気もする。
「明日もバンドのレコーディング。コロナ明けた途端一気に仕事が増えて休みない(笑)来月で51歳になるのにこんなんじゃ彼女もできないよ(笑)」

ぶっこんできた最後の一文。彼女が欲しい意思が多少はあるアピールなのか、なんなのか。居ないから安心してLINEしてくださいなのか、私への探りだろうか。たぶん浅井(前回の話参照)から、私は独り身だと聞いていそうだが。ここを受け流す意地悪さまでは私は持ち合わせておらず、一応話を合わせて、すっと息をするようにお世辞を言った。

以前ライブ会場でおじさんを見かけた時に、髪が黒に近いグレーというより、白に近いグレーの白髪頭で、月日の流れを感じずにはいられなかったが……おじさんのビジュアルを形容するならメガネの縁が太くない坂本龍一といった感じだった。50歳ですでに晩年の坂本龍一の貫禄があった。服装は落ち着いた色だったもののシルエットが若者風のオーバーサイズで、白髪と少し不釣合いな感じはしたが、あの見た目で(まだ記しているのはほんの序の口であるけれど)これらの発言を繰り出しているおじさんは本当に同一人物なのかにわかに信じ難かった。知的で居てもらわないとバランスがおかしい……だってインテリしか似合わない白髪のセンター分けツーブロック……しかももともとおじさんは私にとって「ブックレットの中の人」なのだから……確実にバグが起きていた。

「もうすぐ51歳なんですね、お若く見えますね。ライブに行くしか楽しみがなくて、私も長らく彼氏がいません。このままだと孤独死の未来です」

「わかる、自分の夢は孤独死です(笑)周りにもそう言ってます(笑)親が死んだ次の日に死にたい。」

自分から孤独死というワードを出しておきながら、面くらってしまった。このまま独身で孤独死はさすがに嫌だよね、のノリが返ってくると思っていた。自虐を超えた強烈なやつがきてしまった。返答に困る。

「私はまだ孤独死しないよう足掻きたいですけどね」

「自分はもう諦めています(笑)そのへんはいつか酒でも飲みながら話しましょう(笑)」

せめて親より長生きしたい、という気持ちはもっともだが……孤独死したいと公言している人と、たとえ恋人にならずとも友人関係になって、楽しいことがあると思う方が難しいのではないか。彼女ができないとか言っておきながら、(本当につくる気がなくても)まだ見ぬ彼女にも周囲の仲間にも失礼である。末長い信頼関係を築くのは無理、その努力はしませんと言っているようなものだ。人生うまくいかなくて、周囲にも見放された時の予防線を今から張ってるのか。そもそも諦めてるのに、言葉とは裏腹になぜ私とやり取りしているのだろう。「わかる」とは言いながら、その後のナチュラルな論点ずらしも気になった。わかる、はわかっていなくて、おじさん軸では私も「諦めている人」の同志に勝手に入れられてしまったのか……(返信は毎度間髪開けずに来る)

映画『ゴーストワールド』に出てくる本物のシーモアは自分のことを「異星人」と言っていたが、それに近いものを感じつつも「夢は孤独死」はそれ以上に拗らせた上に出てきた言葉のように感じた。

もういっそのこと私も「(笑)」と返すしか、返しようがないのではと思った。(苦笑)とか。苦笑いって今のためにある言葉のようにさえ思えた。が、捻り出して
「(ご両親より)うんと長生きして、私の部屋をもっと(おじさんが)プロデュースした作品だらけにしましょう」と返信した。この時、おじさんが取りかかっていた作品を聴きたい気持ちは確かにあった。

すると
「仕事少し落ち着いたら、焼き鳥でも食べに行きましょう(笑)」とおじさんからメッセージがきた。

脳内BGM
おとぼけビ〜バ〜/孤独死こわい

作中で私が孤独死と言ったのはこの歌の影響です。
本当に身にしみている曲。この曲はギターのよしえさんが絵を描いているMVも面白い。
おとぼけビ〜バ〜はユーモアと気品が共存してロックしている最高のバンド!

この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?