本屋にくる人たち②

新刊の中身を想像しながらミホが品出しをしていると、店長がひたすら謝る声がする。
クレーム対応をしているようだ。

ミホが恐る恐るレジまで行ってみると、60代後半くらいのおばあさんがレジに立っていて、店長はそのおばあさんに謝っているようだった。

「こんな本、小さい子の母親に買わせちゃいけないでしょう。どうしてそのまま売っちゃうのよ。」
「申し訳ございません…」
「教育に悪いわよ、うちの孫はね、パパと同じで幼稚園からお受験させるつもりなのよ。エリートにするのよ!こんなもの買わせるなんてひどすぎるわね!」
「そのように言われましても…」
「もういいわ!二度とここのお店は使わないように、あのバカ嫁には言っておきますから!」

あぁあ…なんてひどいお婆さんなんだろう…とミホは憂鬱になってしまった。
私の彼氏のお母さんはとっても優しくしてくれるけれど、いつかあんな風になってしまうかもしれないのかな…。
店長のいるレジの方をぼんやり見つめて物思いにふけるミホを見つけた店長は、そんな気持ちを汲み取るように優しげな口調でこう言った。
「ミホちゃん、あのお祖母ちゃんはきっとお孫さんのことが大好きなんだよ。子供を目の前にすると、人は無条件に自分の最善を尽くそうとするんだ…全身全霊で愛を注ぐんだよ。」
そんな馬鹿な…あんな愛の形、あっていいわけない。誰かを傷つける愛なんて。
ミホの心の声を読むかのように、店長は苦笑いして言った。
「愛の形って実は人の数だけあるんだよ。だからね、どれが正解かなんて、誰にも分からないんだ。その人から受けた愛が正解か不正解か決めることができるのは、受け取った人だけなんだよ。」
「はい……」
「ミホちゃん、わかんないって顔してるねぇ。」
店長はこう言って微笑んだ。
「ま、そのうち分かるよ。さぁ仕事に戻った戻った!」

なんだかモヤモヤしたまま、ミホは品出しに戻った。愛の形は人の数だけあるのは分かる。だけど、絶対に間違っている愛もこの世にはあるじゃない。例えば、不倫とか。

店長の言葉の意味を全く理解できないまま、ミホは黙々と品出しを続けた。

休憩の時間が来た。早番の日は12時から1時間休憩することが決められている。この棚の品出しを終わらせたら休憩に入ると決めたミホは、ラストスパートをかけて品出しを一気に終わらせた。
品出しを終わらせた陳列棚を眺めていた時、ふと目に入った文字があった。
「常識を疑え!」
何かの雑誌の表紙だった。
何の雑誌なのかミホには分からなかったが、なんだか頭にこびりついて取れないくらい、強烈な言葉だった。

(つづく)


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