みぽ

血中母性濃度80%の在宅翻訳者

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パパもママも幸せになるパワーワード『血中母性濃度』

#これからの家族のかたち 小2のユウイチと年長児のコウが遊んでます。川遊びだったりフィギュアだったりレゴだったり。彼らが何かに集中してるときの、その首から背中へのライン。愛おしくて胸がキュンとします。疲れててもイライラしてても、すべてが帳消しになる尊い瞬間。その上、目線に気づいた本人が嬉しそうに笑って応えてくれたりして。もうたまりません。 いま、その育児あるあるな状況を「分かる!」と共感されたあなた。おめでとうございます。あなたの「血中母性濃度」は80%です。 イメージ

    • 【東日本大震災】テイラー・アンダーソンさん

      テイラーさんは、宮城県石巻市で英語指導助手を務めていました。翌日の卒業式を控え、小学校で準備をしていたときに発災。子ども達を隣の中学校へ避難させた後、自分は自転車でアパートに向かってしまいます。彼女の部屋からは携帯電話が見つかっており、両親に連絡しようとしたのだと思われます。 3月17日早朝。米国CBSの取材班がテイラー先生の自宅にいました。番組が始まる直前、宮城県から電話が入り彼女の無事を告げられます。カメラの前で泣き崩れるお母さんのジーン。その様子は全米に放映されました

      • 【東日本大震災】生存をアピールしにいったら

        震災4日後には電気が復旧していたので、仕事は可能でした。ネットさえつながれば翻訳できる。「3日で2000ワード訳して」といった依頼がエンドレスに続く稼業なので、常に明日は無職のプレッシャーと闘っています。なのに気を遣われて、発災から1ヶ月になろうというのに仕事が来ません。 実家に身を寄せてしっかり充電した後、最初にしたのは東京への「営業」でした。元気な姿を見せて安心してもらわないといけません。「宝塚に観劇に行くついで」と言ってアポを入れ翻訳会社を回りました。戦闘服はお着物に

        • 【東日本大震災】疎開する

          長男ユウイチの卒業式が終わった3月26日、3人で実家に疎開しました。逃げるなんて卑怯な気もしましたが、あの時期は口減らしも大事だった。福島原発の詳細が分からなくて不安だったけど、新幹線も在来線も動いていないし山形からの飛行機は予約取れなかったので、新宿までバスで出て、そこから新幹線の大移動でした。 **** 新宿に到着すると、東京はもう春だった。道路には信号がついてるし、おしゃれな若者がたくさん歩いてる。タイムスリップしたかのようでめまいがする。バスタができる前で降車場は

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        パパもママも幸せになるパワーワード『血中母性濃度』

          【東日本大震災】被災者生活の中、卒業式

          震災2日目からは、後に半壊と認定された我が家に戻った。ガス、電気、水道は全部NG。でも自分の家がいい。 二手に分かれて毎日3時間、雪の中を並び、調達できた食材をカセットコンロで煮ただけの食事がエンドレスに続く。洗う水がないから残さず食べるし生存本能なのかひたすら食べてたので太った。歯も磨けない。頭かゆい。お風呂入りたい。でも。徐々に沿岸部の深刻な被害が分かってくると内陸部の自分たちを被災者とはいえない。むしろキャンパーだよね、と非日常を楽しんでみる。 月の半分は出張してい

          【東日本大震災】被災者生活の中、卒業式

          【東日本大震災】2011年3月11日

          14時46分。翻訳の仕事がひと息ついたときだった。コーヒーカップを持って机の下に潜る。2日前のマグニチュード7.2の余震だろうかとうんざりしていると、揺れがどんどん勢いを増していく。コーヒーは辺り一面に飛び散りパソコンとプリンターがぶつかり合う。悲鳴を上げ、死を覚悟した。3分は続いたと思う。 這うようにして玄関の外に出ると、マンションのみんなも同じようにへたり込んでいた。8階のママ友が大声で泣いている。部屋の隅から反対側まで飛ばされたという。我が家は2階の角部屋なので壁に亀

          【東日本大震災】2011年3月11日

          プロを目指した(?)結果。22歳の今

          次男のコウは、ガチにサッカーやってました。小6のときは某J1クラブの前座試合に出場し、下部組織にギリ落選して中学は香川真司が所属した街クラブへ。母は、アスリートに相応しい食生活整えたり、背を伸ばすために(勉強しなくていいから)早く寝ろと言ったり、妄想で楽しく送り迎えで忙しい日々を過ごさせてもらいました。 小3で始めた当初はキーパーでしたが途中でフォワードに。負けず嫌いすぎて試合中にキレた動画は再生回数29万回を誇ります。コウが所属していたのはスポーツ少年団(小学校単位の親に

          プロを目指した(?)結果。22歳の今

          中学受験した結果。24歳の今

          長男のユウイチは中学受験して中部地方の全寮制中高一貫校に進学しました。よく、本人の意思を尊重したと言い張る親御さんがいますが、そんなわけないです。あの学校の理念に惚れた母(私)が、レールを敷いて、その気にさせました。 まずは小3ぐらいから「いずれ東京に引っ越すから中学受験しないと」と脅して四谷大塚の自習シリーズで勉強させ、SAPIXや日能研で夜遅くまで頑張ってるライバル達の話しを聞かせ、小4の夏にロボット教室行こうと騙して、あそこの学校の夏期講習に連れて行きました。 する

          中学受験した結果。24歳の今

          米国に住んでも孤独

          大学卒業と同時にご主人の都合で渡米。当時話題のトレンディドラマ『同・級・生』のラストのようです。バブルがはじけた最初の就職難の年。お嫁さん候補として重厚長大企業に就職するはずだった同級生達が一様に苦戦する中、私は相当脳天気に見えてたと思います。なにしろ日本とのやりとりはファックスか郵送という世界。生の情報は入ってきません。 現実の私は、うつ病になるぐらいの孤独と闘っていました。だってダンナさんは1年の交換留学期間中に1)米国の大学院に合格し2)米国の大学から奨学金をもらう「

          米国に住んでも孤独

          偏差値38から勉強リハビリ

          なにしろ私は中3までしか真剣に勉強してなかったので。5年ぶりの頭脳活動は、リハビリがなかなか大変でした。 高校の分厚い英文法の教科書を引っ張り出してきました。背表紙が3センチぐらい。1章が20ページ。ただしカラーで字が大きくて文字数は少ない。 1日1章と決めてページを開く。→ 5行目で意識が遠のく。→ 気を取り直して1行目からやり直し。→ 8行目ぐらいで別のことを考え始める。→ またやり直して2ページ目に到達。→ トイレに行きたくなる。→ 3ページ目まで読む。

          偏差値38から勉強リハビリ

          19で婚約、21で学生結婚、偏差値38なのに渡米②

          さて。キレたのは両親です。なにしろ私は、家に帰ってこなくなってしまいました。 彼(ダンナさん)の大学と私の大学の中間地点に彼がアパートを引っ越し、私はそこで朝ご飯。授業終わったらすぐにアパートに帰宅してバイトはアパートの近くに変更。夕飯も2人で食べて(なんならお風呂もアパートで)、家には寝に帰るだけ。朝6時に起きたら、またアパートへ行って朝ご飯作って一緒に食べる。おままごとみたいで、すごい楽しかったんですが、親にしてみたら(特に父親)たまったもんじゃないですね。 なにしろ

          19で婚約、21で学生結婚、偏差値38なのに渡米②

          19で婚約、21で学生結婚、偏差値38なのに渡米①

          「だから結婚してって言ってんじゃん」 出会って1か月。3回目のデートの夜の公園。付き合って、と言われるのかと思ったら結婚してくれと言われました。大学2年の春。19歳でした。 当時ダンナさんは25歳。現役で某旧帝大に受かったものの音楽に明け暮れ2年留年。なんとか卒業して故郷に就職しようと思ったら落選し意気消沈して指導教官に報告したら、いっそのこと米国に留学して大学教授を目指さないか?と言われ心機一転していたら、その数週間後に私に出会ってしまいました。 一方の私はお隣の女子

          19で婚約、21で学生結婚、偏差値38なのに渡米①

          【米国プチ留学⑧】その結果、子供達の英語力は・・・

          楽しく充実した米国旅行から帰国後、2人とも英語はいったん終了。ユウイチは本格的に中学受験の準備に突入。コウは、ピアノ弾いたりサッカー教室行ったり仮面ライダーのフィギュア振り回したりで変化無し。 彼らは、なんちゃってインター幼稚園に通ってました。英語ネイティブと日本人の2人担任制で、英語や日本語でお歌やおゆうぎしてました(読み書きはゼロ)。馬も羊もいて滝もある山みたいな幼稚園で行事も多く、ハクジンやコクジンや日本人の先生達にたくさん愛されて育ちました。 なので米国行ったとき

          【米国プチ留学⑧】その結果、子供達の英語力は・・・

          【米国プチ留学⑦】夢を諦めさせるためにサッカー教室へ

          プロサッカー選手になると決めてたのは長男のユウイチでした。日本代表のチョコシールを集め、いつもサムライブルーのウェアを着て、幼稚園のときから遊ぶのはサッカー。公園では「おい、気分盛り上げようぜ」と言って男子達で一列に並び目を閉じて君が代斉唱からのボールキック。そろそろ本気で中学受験体勢に入らないといけないのに、自分の中ではプロになると決まってる。 確かにね。幼稚園でも小学校でも運動会ではリレーの選手だよね。でもね。それは生まれたときから母が外遊びさせまくったおかげも大きいと

          【米国プチ留学⑦】夢を諦めさせるためにサッカー教室へ

          【米国プチ留学⑥】米国の家に住んでみた

          ホテルは長期滞在型のレジデンスイン。ペントハウスなのでアパートに住んでる感じ。2階があるし暖炉もあるし。レンタカーを家の前に停められるし広いキッチンも付いてます。そしてお値段はカリフォルニアのディズニーランド近くで泊まった超狭い部屋よりずっと安い。中西部だし郊外だし観光地じゃないからね。 部屋に入ったらまずはオリエンテーション。キッチンのディスポーザーの説明です。シンクの生ゴミは水切りネットで拾うのではなく、ボタンを押すと排水口の奥についているカッターが回ってゴミを粉砕して

          【米国プチ留学⑥】米国の家に住んでみた

          【米国プチ留学⑤】小学校に体験入学③

          給食の後、ユウイチは国語。筆記体を練習して先生が本を読み聞かせです。と。さっきの黒人の子が手が痛い、サム(ユウイチの英語名)にやられたと先生に訴えます。責めてるのかなと思ったら、身体の小さな白人の子が、サムがずっとここにいればいいのに、とぼそっと独り言。するとクラスのみんなが同意してそうだそうだと大合唱。ユウイチもThank you!って応えればいいのに、さすがにそこまではいけず嬉しそうにニヤっとした程度。 思わず感涙しそうになったところで、次は体育なので移動です。移動で並

          【米国プチ留学⑤】小学校に体験入学③