見出し画像

空白の党――失われた1300万票を描く

 民主党政権が誕生した第45回衆院選(2009年)は、現行の小選挙区比例代表並立制のもとで最も投票率が高かった選挙でした。しかし自民党が政権を奪還した第46回衆院選(2012年)の投票率は一転して下落し、現在に至る長い低迷がおきています。

 図1には第45回衆院選(2009年)について、図2には最新の第49回衆院選(2021年)について、各市区町村の投票率を地図として示しました。なお、投票率には比例代表におけるものを用いましたが、小選挙区と比例代表は同時に投票が行われるため、どちらを用いてもほとんど変わりません。

図1. 第45回衆院選(2009年)比例代表の投票率
図2. 第49回衆院選(2021年)比例代表の投票率

 この間に選挙に行かなくなった人たちは、どこにどれだけ存在するのでしょうか。図1と図2の差をとれば、かつて投票に行ったものの、今は棄権している人たちの地域分布を知ることができるでしょう。そうした人たちは、政治が変わるのだという展望を見出したとき、再び投票に行く可能性を秘めた存在ということができるかもしれません。

 自民党の支持率が歴史的な低水準となっている今の状況において、政権選択をめぐる緊張は必然と高まります。そうした中で、これまで選挙から離れていた人たちの姿を具体的に描き出すことは一つの意味を持つはずです。


合併と分割の処理

 もっとも、2009年から2021年までの12年間にはいくつもの市区町村で合併や分割が行われているため、投票率の差をじかに計算することはできません。そこで次のような操作を施すことにします。

 現在の熊本市を例にあげてみましょう。2009年当時、ここには熊本市・植木町・城南町という3つの自治体がありました。熊本市は2010年に植木町・城南町と合併し、2012年に政令指定都市となったことをうけて北区・西区・中央区・東区・南区の5つの行政区がおかれました。したがって第45回衆院選(2009年)と第49回衆院選(2021年)の投票率は、それぞれ次のような境界で描くことができます。

図3.現在の熊本市の投票率の例

 これら左右の地図の境界の内部は、いずれも重複するところを含みません。そこで投票率の差を計算するときは、現在の熊本市全域を一つの区画として扱うことにします。つまり第45回衆院選(2009年)については熊本市・植木町・城南町を一体として、第49回衆院選(2021年)については熊本市北区・西区・中央区・東区・南区を一体として投票率を計算しなおすことにします。

 ここでは以上のような操作を合併や分割があった全ての自治体で行い、境界の変更がなかった最小区画で投票率の増減を描きました。次に示す図4では、投票率が伸びた地域を黄色から赤色で、減った地域を水色から青で塗っています。結果は予想されたとおり、ほぼ全ての地域が水色から青となりました。投票に行かなくなった人の数は全国で1310万9731人にのぼります。

図4. 投票率の増減


「失われた票の存在」と捉えなおす

 さて、ここからがポイントです。図4の符号を反転させて、「投票率の低下」を「失われた票の存在」と捉えなおしましょう。つまり全国に1310万9731票の失われた票があると考えるわけです。

図5. 失われた票の分布(無効票含む)

 ただしこれは投票に行った人について計算した結果なので、無効票が含まれるものとなっています。次のプロセスでこれを除外しなければなりません。


無効票の除外

 ここまでは冒頭に述べたように比例代表の投票率で計算を行ってきましたが、あえて片方を棄権する人は少ないため、小選挙区を用いたとしても大差はないのでした。しかしここから無効票を除く段階では、小選挙区と比例代表のどちらを使うかで結果が異なります。これは片方にだけ有効票を入れて、もう一方は白票にするといった選択をする人がいるためです。

 したがって本来は両方をとりあげるのが望ましいのですが、小選挙区は無所属の存在や議員の移籍などを考慮する必要があり、また区割りの変更によって扱いが複雑になるため、今回は比例代表に限った検討を行っていきます。けれども比例は政党の基礎力をあらわすバロメーターですから、指標としては適切なものとなるはずです。

 それでは無効票を除く操作に入りますが、ここで投票率の話が絶対得票率の話にかわるので、まずはその理由から説明していきます。結果を先に見る方は図7まで飛ばしていただいても構いません。

 日本の有権者数が1億人(図6では10000万人と表記)で、A党、B党、C党という3つの政党しか存在しない場合に単純化して、投票率と絶対得票率、有権者に占める無効票の割合の関係を図にしました。

図6. 投票率と絶対得票率・無効票の割合の関係

①投票率
 まず投票率ですが、これは「有権者に占める投票に行った人の割合」なので、投票に行った人が6100万人だった場合は61%となるでしょう。

②各政党の絶対得票率
 ある党の絶対得票率とは「有権者に占める、ある党に投票した人の割合」です。したがって2500万票を得たA党の絶対得票率は25%、2000万票を得たB党の絶対得票率は20%、1500万票を得たC党の絶対得票率は15%となります。この3党の合計60%が、有権者に占める有効票を入れた人の割合となります。

③有権者に占める無効票の割合
 ここで投票に行ったけれど、白票を投じるなどして無効となった人が100万人いたとします。これが有権者に占める割合は1%です。

 投票に行った人の票は、有効か無効かのどちらか一方となるので、の合計はとつりあいます。したがって無効票を除く操作とは、全ての政党の絶対得票率を合計することと同じになるわけです。


「空白の党」を描く

 次の図7は、第45回衆院選(2009年)比例代表の全政党の絶対得票率の合計から、第49回衆院選(2021年)比例代表の全政党の絶対得票率の合計を引き算したものです。

図7. 失われた票の分布(無効票除く)

 図7における失われた票は、全国で1290万4276票となりました。もちろん無効票の割合は小さいですから、図5の1310万9731票とそれほど違いません。しかし投票率を絶対得票率に変えたことによって、今後それを与野党で分解するといった操作が可能となっています。

 そしてまた、次のような視点でも見てみましょう。次の図8は、第49回衆院選(2021年)における立憲民主党の絶対得票率を表示したものです。

図8. 第49回衆院選(2021年)比例代表・立憲民主党絶対得票率

 図7と図8は同じ基準で塗り分けていますが、一見して近い規模感を持っていることがうかがえます。実際に第49回衆院選(2021年)の立憲民主党の得票数は1149万2095票でした。いわば図7は、現在の野党第一党と並ぶ規模感の、存在しない「空白の党」を浮かび上がらせたともいえるのです。


 この「空白の党」を描いたところで、前半部分は完結となります。以下では、ここまで求めてきた失われた票を、与党側のものと野党側のものに二分します。さらに自民、公明、共産、社民などの当時も今も存在する政党を除外して、第45回衆院選(2009年)の民主党系の票がどこでどれだけ失われたのかを分析していきます。

 みちしるべでは様々なデータの検討を通じて、今の社会はどのように見えるのか、何をすれば変わるのかといったことを模索していきます。今後も様々な発見を共有できるように頑張っていくので、参加してもらえたらとてもうれしいです。

ここから先は

6,591字 / 11画像

みちしるべ

¥500 / 月
このメンバーシップの詳細