見出し画像

直木賞「少年と犬」馳星周著にひそかに湧く紙屋という存在。


今回、第163回直木三十五賞の選考が7月15日に行われ、

「少年と犬」馳星周著 文藝春秋刊行

が選ばれました。

その本文で使われた紙
三菱嵩高書籍用紙55A

嵩高


は弊社が販売した紙です。


芥川・直木賞は、1935年 昭和10年から創設され、年2回 上・下期で選出されています。

当社では、直木賞作品への本文提供は今回で2作品目になります。

第137回直木賞にて13年前(2007年上期)に、『吉原手引草』 松井今朝子著 幻冬舎刊行

本文は「日本製紙オペラオレンジウルトラ46Y<68>」が使用されてました。

しかし、今は現存していません。
赤味の強いクリーム書籍用紙で、時代と共に流行りの色相が変化しています。

用紙会社で直木賞2回、芥川賞1回の用紙を提供していることはなんとも感慨深い。

そんな、ひそかに湧く紙屋の存在を伝えたく、
担当部署にお願いし、そのときのオモイを綴ってもらいました。


----------------------------------


「そろそろ決まったかな?」
ネット配信を見ていた別の人間が言った。
「受賞決まったぞ」

それは2020年7月15日の夕刻だった。


第163回直木三十五賞の選考が7月15日に行われ、馳星周著「少年と犬」が選ばれた。

この受賞を喜んだ我々は馳さんの関係者でもないし、
版元である文藝春秋の社員でもない。
我々は紙屋だ。
紙屋とは印刷用紙などの紙を専門で扱う卸商社のことである。

では何故喜んだか?
それは今回受賞した「少年と犬」の本文用紙を当社で販売していたからだ。

直木賞と芥川賞
言わずと知れた日本で最も有名で権威のある文学賞である。
芥川賞は純文学の新人から選ばれ、直木賞は主に中堅の大衆文学から選ばれる。
年2回の受賞はニュースなどでも大きく取り扱われ、本に興味が無い人でもその名前くらいは聞いたことがあるだろう。
直木賞などは候補に選ばれただけでも話題になり、従来であれば発表の日は著者と候補作の出版社、それ以外の出版社の担当者などがお店に集まり当選すれば祝勝会、落選ならば残念会を行う場面などもテレビで報じられている。
出版業界あげてのお祭りだ。

そんな受賞に我々がどんな貢献をしたか?
はっきり言ってなにも無い。
候補作や受賞作の用紙を扱えたのは偶然である。
我々が扱う印刷出版用紙は誰でも知っている有名な製紙会社が製造した物だ。
製紙各社の製品に特別大きな差がある訳でもない。

例えばF-1などのモータースポーツならば車体やエンジンなどの素材が成績に強く影響するだろう。
サッカーや陸上などでもスパイクの素材は年々進化し成績に影響を与えている。

しかし
「この作品は直木賞を狙えるくらい素晴らしいから、この紙を使おう」
などということはほとんど無い。

限られた選択肢の中からページ数や判型、コストなどを元に選ばれる。
別の紙屋が別の製紙会社の紙を使っていても結果は変わらない可能性が高い。

では何故喜ぶか?

1つはもちろん数字だ。
書籍の販売につながるという点では近年では「本屋大賞」の影響が大きいかもしれないが、それでも最も有名で権威のある直木賞である。
受賞決定の直後から翌日午前中に印刷工場への用紙搬入手配が決まった。
8万部の重版が決まったのだ。

前述の「本屋大賞」はその創設が「全国書店員が選んだいちばん売りたい本を選ぶ」ことで、書籍の拡販を目的としている。なので受賞作品は発表前に決まっており、受賞発表と同時に全国の書店店頭で「本屋大賞受賞作品」として販売する。

しかし直木賞は文学賞なので当日選考し、発表する。発表段階では書店店頭などの在庫が少ないことも多い。
各候補作を出版している出版社と印刷会社、紙屋は
受賞すれば緊急重版Go!
落選すれば重版無し。
用意した印刷機の生産枠も紙も使わない。
となる。

我が社では今回用意した物が無駄にならずかなりの物量を受注出来た。
出版不況に新型コロナが追い打ちをかけられている最中ではありがたい話である。

2つ目はお祭りだろうか。
先ほどどの製紙会社の紙でも変わらないと言った。
でも年2回の直木賞・芥川賞合わせ4作品前後。(今回の芥川賞は2作品)
それに関われる紙屋は全国でもそう多くは無い。
ちなみに当社は13年振りだそうだ。
各賞作品をどこの会社が納入したか毎回話題になっており、
今回も受賞が決まり同業他社や仕入先からお祝いの連絡が入ったと聞く。
狭い紙業界の中ではあるが、一種のお祭りのようになる。
もちろん社内でも話題になる。
なかなか共通の話題が無い中、貴重な存在と言える。
暗い話題が多いなか、明るい話題というのはやはり嬉しいものだ。

という訳で


2020年直木賞上半期受賞作品
「少年と犬」 馳星周 著
こちらの本文用紙
三菱嵩高書籍用紙55A(三菱製紙)

は当社中庄株式会社が扱っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?