「今」好きな人を愛する勇気-眠れない夜、ツマとムコの話し

スマホの液晶を見ると、深夜3時。なんとなく観はじめた泣ける映画に枕を濡らしていたら、すっかりこんな時間になってしまった。

三日月がじりじりと満ち、満月になるように。どうしたものか、不安にこころ埋め尽くされてしまった。夜は良くない。もくもくと雨雲が頭に浮かび、あれやこれやと無駄に考えてしまう。映画に感情移入し過ぎてしまったからかな...どうしよう、困ったな。


こんなときは、彼に連絡をしよう。

枕元のスマホを握る。だがそう思ったのも束の間。彼は海の向こう、フライト中だったことに気づく。

「迎えに行く!」と元気よく言ったのに、あしたは笑顔を出迎えられるだろうか。目を真っ赤に腫らして、鼻水もずるずるだ。

とりあえず電気を消して、ベッドに横たわる。


わたし、これからどうやって生きていくんだろう。仕事は?夢は?やりたいことは?

彼とはうまくやっていけるのだろうか。結婚は?子どもは?そもそも、まだ全然お互いのこと知らないのにこんなこと考えても仕方ないか...もっと、一緒にいられる時間がほしいな。でもわがままかな。彼はどう思ってるだろう...


始まった。と言わんばかりの不安の暴走に、部屋の電気をつけた。眩しさに目を薄めながら手にしたのは、西加奈子さんの小説。

高校生の頃から何度も何度も繰り返し読んだから、もうボロボロで。制服を着ていたわたしが、やさしい気持ちで夢中になってピンクの色鉛筆を引いた言葉たちをなぞる。それから、声に出して、読んだ。

***

ツマがそこにいないことに怯えるのではなく、ツマがそこにいること、人生のように、日常のように、そこにただいてくれるだけで、安心して眠りにつけるのだということ、堂々と、幸せだと笑っていられるということ。どうしてそんな簡単な、だけど途方もなく尊いことに、気づけなかったのか。
「彼は言いました。あなたの夫は、言いました。私は妻を愛している、と。そんな美しい言葉が、当たり前で、ありふれていて、そしてかけねのない言葉がこの世にあることを、僕は忘れていたような気がします。それは水道の水のように、蛇口をひねったらいくらでも出てくる言葉で、そして夏の日の陽炎のように、ぼんやりと頼りないものです。でもそれは、僕らが堂々とこの世界にいられる、日が暮れたら眠り、そして起き続けるための、とても大きな感情だったのだろうと思います。」
今この瞬間ではないと、それは僕の心に浮かばなかったような気がする。今までだって何度も思ってきた。ツマを愛していると、何度も思ってきた。でもそれは、心のどこかに暗い影を落とすものだった。僕の過去を、僕の失われた未来を、どこかに予感させるものだった。でも今分かる。はっきりと分かる。僕の心の中にあるのはツマで、ツマただひとりで、それがどれだけ簡単で、厄介で、優しくて、尊くて、そして苦しいことだったのか。
「僕は、ツマを愛しています。」僕は、僕のこの気持ちが届けばいいと思っていた。ツマに出会えたことで、やっと僕の人生はひとつになった。意味を持ちはじめた。-「きいろいゾウ」西加奈子

***

カーテンが明るい。朝だ。

生きている限り不安なことは尽きないけれど、愛する人と過ごす「しあわせだな」と感じる時間を全身で味わおう。たくさんの愛を注ごう。

それはわたしにできる、たったひとつのことだった。

先のことはわからないけれど、「今日をより良くしよう」とこころに唱えることはできる。


その一瞬が、永遠に輝くこともあるのだから。


彼を、迎えに行こう。大好きな彼を、迎えにいこう。


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