大きな手に吸い込まれるように手を繋ぐ。待ち合わせ場所まで走って向かうほど会いたい気持ちが膨らんでいたのに、いざ顔を見ると遠慮がちに言葉を選ぶ。嬉しさと、まだほのかに残る緊張が交差する時間。そうこうするうちに、もうすっかり「匂い落ち着く。」と甘えた声でぼやいている。

生ぬるい風とお酒の匂いが、ビルの間をすり抜ける夜。行ってみたかったカフェでご飯を食べ、公園でおしゃべりをして。デートの時間なんてあっという間だ。駅に向かって歩きながら、少しの緊張と、苦しさと、もどかしさと、愛おしさでいっぱいになったわたしが彼の手を握りながら呟いた言葉は「時間が止まればいいのに」だった。

「なんか、ドラマみたいだね！」と無邪気な声が返ってくる。

彼はここにいるのに。好きだと、会いたかったと。可愛いね、と。目を見て言ってくれる、世界で一番大好きな人が、今この瞬間、隣にいるのに。

だからこそ、なのか。

臆病になる。怖くなる。切なくなる。苦しくなる。いつか彼の手をとれなくなる日が怖くて。いつかはさようならをしなければならないことが、怖くて。わたしは、「また今度ね！」と改札口で手を振った次の瞬間にハートマーク付きのメッセージが送り合えるデートの終わりでさえ、深刻そうに寂しさを浮かべた。

いつから。

いつからこんな、弱くなってしまったのだ。ひとりでも歩いていけると、そう思っていたのに。一緒にしあわせになりたいと思わせてくれるこの人は、そんな強気なわたしを、いとも簡単に「ただ好きな人の側にいたい」と純粋に恋い焦がれる女の子に変えてしまった。

人って、いつか必ず死ぬんだなぁと思うことが、身近な人の死を通して感じることはあるけれど。いつか離れる覚悟を持って、誰かを愛す切なさと尊さと儚さから、死を感じたのは初めてだった。

彼の手をいつか本当に離さなければならないと思ったのは、わたしがいつか彼と、本当に一緒に生きていきたいと意識し始めたからかもしれない。

たとえ、彼と結婚をして家族になって、ずっと一緒にいると決めたとしても。人は必ず死ぬということは、いつか必ず「一緒にいられない日」が来るということで。

人と生きていくことを選ぶとは、そういうことなんだと。そして「死」なんてものは、明日起きてもおかしくない案外身近なもので。いつの日か流す涙が怖い気持ちを何ひとつ言語化できないまま、彼の手を握り、最後はお利口にばいばいと笑うことしかできなかった。

いつか別れる、でもそれは今日ではない。それでいいのではないか？

何度も読み返した本のフレーズが、今のわたしをすっぽり覆う。

人はどこまでいっても孤独だし、どうしたって死ぬのだ。だからいつか別れる。でもそれは今日ではない。ただそれだけで、今この瞬間、この人と一緒に生きているのはわたしなんだと。堂々と、最後の、最期の瞬間まで笑っていられるのではないだろうか。

必ず来る「いつか」に怯えて手を握るより、今この瞬間の愛おしさを伝えるために手を繋ぎたい。

だって、わたしたちには「今」があるのだから。

今変えたいこと。今やってみたいこと。今感じていること。その全部を、伝えられる人がいて。「うん、うん。」と微笑みながら耳を傾けてくれる人がいて。

ああ、そっか。この積み重ねでいいんだ。今を一緒に生きられる以上に、しあわせなことって無いんだ。当たり前は当たり前じゃないことを、ちゃんと忘れずに恋をしていたい。

愛は、声で。

次会ったとき、ちゃんと伝えよう。

「大好き」以外の言葉で、愛を伝えよう。