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「このマンガがすごい!」の"すごい理由"を探る - 『月曜日の友達』 阿部共実

「まず初めに、直感的な好き嫌いがあり、その後に理由づけや説明がつけ足される。」
道徳心理学者のジョナサン・ハイトは、私たちの標準的な思考経路をそう説明します。

とはいえ、そうした直感ベースの日常を送っていると生活に飽きが来ます。
本能チャネルは単純だけど、私たちの心はもっと複雑だから。
本能からの入力に加えて、立ち止まり考える時間も作らなければ、私たちの心はサビつくばかり。
時には他者の批評に耳を傾けて、自分の心を開いていくことが必要だと思います。


先月と同じく今月も、他人が選んだ「このマンガがすごい!」の選書について、なにがどうすごいか、見て、読んで、理由を考えていきます。

今回取り上げる作品は、阿部共実著『月曜日の友達』。

阿部共実さんは、『ちーちゃんはちょっと足りない』が「このマンガがすごい!2015」にてオンナ編の1位を獲得。同作で第18回文化庁メディア芸術祭 マンガ部門 新人賞を受賞したことが有名です。
『月曜日の友達』は「このマンガがすごい!2018」オトコ編4位と、2作品目の受賞となりました。
確かな評価を受ける作家の魅力を、探っていきましょう。


あらすじ

試し読みはこちら

みんなが少しずつ大人びてくる中学1年生。
そんな中であどけなさが抜けない女子・水谷茜。

水谷はひょんなことから「俺は超能力が使える!」と
突拍子もないことを言う同級生の男子・月野透と
校庭で会う約束をする。決まって月曜日の夜に。

小学館より

ストーリーの土台は、一般的なBoy meets Girl(Girl meets Boy)です。
しかし著者独特のリズムで紡がれる物語は、誰もが経験していた日常を、一風変わった新しい世界であるかのように描きます。
糸井重里さんが「大泣きした」と推薦文を贈るなど、大きく反響があった一冊です。

絵とセリフがすごい - 阿部共実ワールドの詩情

細部までちょこたっぷり - 絵について

はじめて阿部共実さんの作品を見た方は、もしかしたら「あんまり絵がうまくないなー」と思うかもしれません。
というか、そういう感想を聞いたことがあり、びっくらこいたことがあります。

確かにキャラクターの造形は割と平面的です。あまり奥行きもない。
新しい感じの作風ではない気はします。

シンプルっちゃあシンプル。されど表情ゆたか

とはいえ、それはキャラクター造形の個性。
むしろ平均的な漫画より、背景やアングル(画角)から、絵に対する強いこだわりを感じられます。
細部にまで届く作者の工夫を探していくだけでも、読むのが楽しくなってきます。

分かりやすいキャラクターとディティールに凝った場面設定。この漫画の大きな魅力です。

先生の話を聞く姿勢、みんな違っていてオモロイ
瞳の湾曲あわせて、映り込んでいる相手も校舎も曲がってる
色々な色の葉っぱ。木陰に一枚一枚丁寧にトーンがあてがわれていてキレイ
夕日を反射する海原。夕暮れの雲はいろんな色がある
月明かりと街灯。田舎町では影がいくつかできる。

ちょっとだけズラす(ズラしすぎない)- セリフについて

私は阿部共実さんが(スゴい)好きで、実は既刊は全部持っています。
なのでこの記事への肩入れはスゴいわけですが、彼の漫画の魅力の第一は、キャラクター同士の小気味よい会話にあると思います。
その魅力は本作でも顕在。
特に、主人公の水谷は文学趣味があり、独特な言葉えらびが目を惹きます。
話し言葉と書き言葉(パロールとエクリチュール)は、使われる言葉が全然違いますが、それらが混ざり合い進められる会話は、独特のテンポが生まれます。
とっても心地よいし、クセになる。

独白になると、とりわけ詩的に
感受性も豊か。ちょっとした気づきの言語化がステキ!
「忘れたの?」でなく「忘却したのかな」ってのいいわ〜

『月曜日の友達』には、ありふれた日常を、新しい角度から覗き直す面白さがあります。
絵とセリフ。それぞれがかもす詩情が相まって、それはそれはいい塩梅にノスタルジアを感じます。

絵もセリフも味わい深い

もう10枚ほどお気に入りのページを貼りたいくらいですが、いい加減クドくなるので自分を抑えます。

ストーリーがすごい - 『月曜日の友達』の旅情

中学1年生という、青春・思春期真っ盛りを描く 『月曜日の友達』。
ボーイ・ミーツ・ガールという言葉は、「ありふれた恋愛ドラマ」という揶揄の意味合いを含むそうです。
この作品も(一風変わった)若い恋愛を描いただけなのでしょうか。

いや違います。

この章では『月曜日の友達』のストーリーを振り返り、この作品のテーマを抜き出し直してみます。
ガッツリネタバレする(というか物語の終盤まで話す)ので、未読の方はシーモアだかRentaだかLINEマンガだかで買ってきて、読んできて、戻ってきてくれると嬉しいです。


本作は小学館の紹介に、「阿部共実、最新作にして最高傑作」と記載されています。
これまでの作品と比べ、どの部分が「最高傑作」なのでしょう?
冒頭紹介した通り、阿部共実さんは『ちーちゃんはちょっと足りない』で、文化庁メディア芸術祭からも贈賞されていました。小学館は、それを越えたと書いています。

『ちーちゃんはちょっと足りない』は、『月曜日の友達』と同じく、中学生の学園生活を舞台にした漫画です。阿部さんはそれ以前も、学園生活を舞台にして、若者の自意識や葛藤をテーマにした作品を多く描かれています。
しかし『月曜日の友達』には、過去の学園作品群と比べて突出した違いがあります。
それは、主人公の成熟。
これまでの彼の作品では、キャラクターの成熟が全面的には描かれてきませんでした。
思春期を迎え、大人になる中で揺れ動く心。周囲が気になり始め、劣等感や羞恥心を感じ始める心。そうした揺れうごく若い心の物語を、これまでも抜群の作家性から描かれていました。
しかしそれぞれの主人公は、作品を通し、自分の持つ世界以上に進めていないことが多い。不安や悩みの最終的な解消を見せず、物語が閉じられることが多い印象です。

それが今作では、若者たちの不安な心の機微を捉えるだけに留まらず、そこから抜け出し、不安から解き放たれていく様が描かれます。
その「次への一歩」が明確に描かれたこと。それこそが、この作品が「最高傑作」と評されたワケだと思います。


若者から大人へと向かう次の一歩。
成熟を描くということ。
それが私にとっての、『月曜日の友達』のテーマです。

大人になるって、魅力的だし普遍的です。そして辛い。

青春=子供から大人になる物語には、さまざまなバリエーションがあります。
夢やぶれ大人になる物語、リビドーに呑まれ大人にさせられる物語、悪ふざけから生涯のトラウマを抱える物語、友情や恋愛から少しずつ大人の階段を登る物語。
青春のあり方は様々で、それらはどれも特有の輝きがある。
大人になるってなんなのか?
子供と大人は何が違うのか?

人生の最初に訪れる、劇的な変化の時期。青春。
それはかけがえがなく、また一方で、多くがままならないものです。
思春期の私たちは不器用で世間知らず。力がないくせにエゴが強い。
だからこそ青春の物語は、多くが苦味を伴うものになるのだろうと思います。

でも本作は、一般的な、苦いだけの青春で終わらない。

私はこの漫画のハイライトとして、主人公の水谷と親友の土森が、夜の公園で会話するシーンをまず取り上げたいです。
何も気にしない子どもだった自分から、周囲との関係の中で思い悩む自分へ。
自分の不出来さを、世界の過酷さへの諦観を、人生の難しさを。水谷は青春の悩みを、率直な気持ちで土森に打ち明けます。

みんな悩む

そんな水谷に、優しく寄り添い、言葉をかけてくれる土森。
彼女の暖かさが、この二人の関係性が、とてもまぶしい。

めっちゃ好き

水谷は、これまでの阿部作品の主人公とは異なり、青春に押しつぶされはしませんでした。
自分の間違いを認め、友人からの助けをもらい、ちゃんと月野へ思いを伝えた。未熟なままの自分をよしとしなかった。
それが素晴らしい。

『月曜日の友達』で描かれる青春は、とてもまばゆく、みずみずしいものです。
それはマジカルで、フィクショナルかもしれない。
でも、そういう夢みたいな、バカみたいで、暖かくて、まぶしい青春を、そういう成熟のあり方を、あって欲しいと、見せてほしいと思わずにいられない。
「大人になる」という、かけがえのない瞬間が、絶対に失敗で終わるなんて嘘だと思う。
青春を素直に肯定できる物語があってほしい。

成熟は辛い。でもそれだけじゃない。乗り越えることができる。
そういうストーリーがほしいと思っていた。
そう気づかせてくれたのが、私にとっての『月曜日の友達』です。それが、私が感じたこのマンガの魅力です。

物語の最終盤。
水谷が見せた笑顔には、月野に想いを伝えられた喜び以外にも、様々な感情が混ざっていると思う。
自分に素直になれたこと。家族に対して反省ができたこと。将来の目標ができたこと。自分の成長を感じれたこと

万感

それは、これから青春を迎える若者たちへのエール。
これから青春を迎える若者たちを支えていく、かつての若者たちへのエールです。

やっぱり、「このマンガはすごい!」。


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最後まで目を通していただきありがとうございます!
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