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【短編小説】 恋は盲目

音もなくほどけた。

ーーー

最初感じたのは一種の解放感だった。数秒後、それは違和感に変わる。

はたと自分に目をやると、僕を縛っていた縄は地に落ちていた。目の前にはただ、縄を切ったであろうナイフを持つ、酷く泣きそうな顔の君だけがいた。

君は何かを告げようと口を開きかける。しかし、その口は静かに閉じられその顔はだらりと下を向く。僕はといえば指を動かすことも空気を震わすことも出来ずにその場にへたり込んでいた。


ーーー

幾許の時が経っただろうか。
カタリと音がした方を向くと、君は部屋の扉の前に立つ君と目が合う。目が合ったことに驚いたのだろうか。視線を揺らし何か一言呟くと君はそのまま部屋を後にした。

パタン、部屋には再びの静寂が訪れる。




訪れた、はずなのに、心が煩い。


うんざりだった。全てを縛られ、自由を奪われ、ただ君だけを強要されていた毎日が。他の人の当たり前が自分にとって当たり前じゃなかった日々が。

苦しかった。自分の為に生きるという言葉の意味が分からなかった。いつもいつも君ばかりで、自分の輪郭が薄れていく感覚がした。

静寂と安定を望んだ。独りの時間が欲しかった。君の泣き声も罵声も甘ったるい声も、全てが煩わしかった。




それなのに。




何故こんなにも、頬が濡れているのだろう。

何故こんなにも、目が痛いのだろう。

何故こんなにも、あの日々に焦がれているのだろう。




うんざりだった。苦しかった。静寂と安定を望んだ。

けど、結局、それに一番縋っていたのは自分だったのだ。



愛おしかったのか。

縛られる日々も、君の為に生きる日々も、いつだって君が隣にいる日々も。




あとどれ程経てば、涙は枯れるだろうか。

あとどれ程経てば、声が出るだろうか。

あとどれ程経てば、この身体は動くだろうか。


その全てがもう目の前の扉が開くことはないだろう。

それでも。



「あいしてる」




ーーー

冬の朝の空気を震わせた

その言葉は、もう遅すぎた。



ーーー

短編小説でした。一切はフィクションです。

写真:みんなのフォトギャラリーよりMasaki Senko様からお借りしました。

小説ネタ:診断メーカー「あなたに書いて欲しい物語」から(遠い昔に描き始めたものだったから設定が何文字だったか忘れた)

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