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卒業

小さくわかれたぼくのふるさとが、いよいよこの街の片隅で灯りをともす。冷たかったこの街がなつかしいろに染め上げられて、いつか本当にぼくのふるさとみたいになるかもしれないのだ。

君はいま、もやもやとした不安の中にいるだろう。その先には、幽かに期待も見えるだろう。けれどやっぱり、不安の方が大きいはずだ。それもそのはず、トンネルの向こうがどんなに晴れわたった景色だとわかっていても、トンネルを抜けて、自分の目で確かめるまでは、夢も希望もみんな不安を装うものだ。そうしていざ、何でもないとわかったときにつくため息が、まもなく幸福の汽笛なのだ。

かつて君がこの街に背負ってきたふるさとの香りの荷物を少しずつほどきながら、ぼくは今日まで生きぬいてきた。淋しいこともかなしいこともたくさんあったけれど、しかたなく大人になった。だから今度は、ぼくが少しだけふるさとの代わりになってあげよう。君が疲れた夕暮れに、憂鬱なんて嘘のような明るさで部屋を満たしてやろう。それが少しでも君が大人になるための手助けになるのなら、ぼくは喜んで涙を隠すつもりなのだ。

これは優しさなどではない。かといって責任と呼ぶほど大それたものでもない。ただぼくたちの心の中で、だんだんと短くなってゆく思い出の蝋燭を守りとおすために、君に笑顔でいてもらわなければならないのだ。だから異国で見つけた日本のお土産みたいに、ほんのわずかでも君の不安が和らいだら、今はそれで十分だろう。

何はともあれ明日は来る。明後日も来るし、春も来る。難しく考える必要なんてひとつもない。何度絶望したところで、ぼくたちは今夜、生きているじゃないか。

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