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#駅にまつわる思い出の一句【締め切り遅刻】「飛鳥(あすか)」#ラングレーじゃないよ!

みすてぃ@あっちこっちの企画の遅刻常習者。です。
ヘッダーは近鉄吉野線飛鳥駅です。
が、駅のストーリーではありません。

alohaさん、初めまして。
こちらの企画は締め切りを過ぎていますが投稿させていただきます。

(3/6 補記)
2/29締め切りで遅刻していたのにマガジンに入れていただきました。
ありがとうございました。
(期限切れの一文を入れずに当初あげておりました。)


明日からの飛ぶ鳥のごと花爛漫


私は2歳から奈良市内で育ちましたが結婚するまでの大半を「飛鳥(あすか)」というエリアで過ごしました。
とにかくエリア全体が春になると桜で美しいのです。
あの奈良ホテルもあります。
そう、明日香村ではなくまぎれもない奈良市なのです。近鉄奈良駅から南東方向に1km~2km程離れた地域の総称を飛鳥と呼んでいます。
いわゆる「ならまち」や奈良公園の一部もその範囲に入ります。
なぜそんな地名があるのでしょうか?
それは「ならまち」の中心となる「元興寺(がんごうじ)」というお寺にあります。
みなさんよく御存知の東大寺や興福寺も奈良時代に建立されているのですが
この元興寺はあの飛鳥時代の明日香にあった飛鳥寺が奈良に移って来たお寺なのです。それでこの門前町一帯を「飛鳥」と呼んだのだと思います。
飛鳥寺は飛鳥寺として明日香村に現存しています。

元興寺の案内はこちらです。

明日香村の飛鳥寺はこちらを


奈良市の飛鳥エリアの中には実は「紀寺(きでら)」という町名も存在します。
詳細は私もうるおぼえなので細かくは書けませんが飛鳥時代に豪族の紀氏が建てたのが紀寺という寺院で正確な場所までは判っていませんが明日香村に史跡として残されています。
元興寺と同様に奈良に都が移されるときに移って来て現在紀寺町内に「蓮城寺」というお寺として残っています。
奈良県橿原市の藤原京にも紀寺跡があるようですから都にとってはこちらも重要な寺院だったのでしょう。

とにかく街全体があの「飛鳥」から移って来た街なのでしょうね。

※間違ってたらゴメン!

明日香村の紀寺跡の解説はこちらです。



#俳句は楽しい
#らべあろ企画
#駅にまつわる思い出の一句


ではまた。

みなさんにいいことがありますように。



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