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東曜太郎『カトリと眠れる石の街』 二人の少女が挑む怪奇伝奇な冒険

 19世紀後半のエディンバラを舞台に二人の少女が冒険を繰り広げる、伝奇色も強い児童文学の快作であります。街に蔓延する謎の眠り病の原因を突き止めるため、カトリとリズ――生まれも育ちも違う二人の少女が、街に隠された秘密に挑みます。

 スコットランドの都市・エディンバラ――新市街と旧市街に分かれたこの街の旧市街で、同級生たちから一目置かれるカトリ。金物屋の養女である彼女は、病で寝付いた父に代り、母の仕事を手伝って、既に大人顔負けの腕前を見せる少女です。

 ある日、新市街に住むほとんど初対面の少女・リズから、父がかかった奇妙な病気のことを調べるため、旧市街のドクターに紹介してほしいと頼まれたカトリ。リズの父は、ある晩突然眠りに倒れ、以来魂を奪われたように、一日中うつらうつらとして暮らしているというのです。
 そんな眠り病が旧市街で流行っているという噂を知ったリズが、ドクターから患者の情報を記した手帳を盗み出すのを、成り行きから手伝うことになったカトリ。しかしその晩、彼女の父も眠り病に倒れたことから、他人事ではなくなります。

 眠り病の患者が、いつ、どこで、どのように発生しているのか調べるために奔走することになったカトリとリズ。やがて旧市街の地下にはかつてひどい伝染病が流行った際に埋め立てられた街が眠っているという伝説と、眠り病との関連に気付いたカトリは、この伝説の真実を調べようとするのですが……

 第62回講談社児童文学新人賞佳作受賞作として非常に評判の高かった本作。あらすじから伝奇の匂いを嗅ぎ取り手に取りましたが、なるほど、受賞もむべなるかなというほかない快作です。

 主人公のカトリは、いつもスカートの上に男物のジャケットを羽織ったスタイル(ポケットがたくさんついているから、という理由が象徴的)で街を闊歩する少女。そのスタイルで颯爽と現れ、いじめっ子を一睨みで退散させるという初登場シーンから印象的ですが、もちろん強さだけでなく、度胸や機転も人一倍、金物屋として大人顔負けの腕前を持つというのは、実に格好良いキャラクターです。

 それではその相棒というべきリズ――新市街に住む法律家の娘で、馬車で移動し、寄宿学校に通うお嬢様である彼女が、対照的におとなしい優等生かといえば、そうではないのも巧みなところでしょう。
 おとなしいどころか、作中でむしろ果断な行動を見せるのはこちらの方だったり(クライマックスでの行動は「そっち!?」とひっくり返りました)、ちょっとコミュ障的な部分もあったりして、別の意味でカトリと対照的なのが面白い。そんな二人が互いを補い合い、引っ張り合いながら、冒険を駆け抜けていくのが、何とも魅力的です。

 そしてその冒険の内容も、フィジカルなものだけでなく、推理や分析といった側面も大きいのが、また楽しいところでしょう。一切が謎の眠り病に対して、まずそのデータを集め(その手法はまあ、実にフィジカルなのですが)、そこから眠り病発生の条件や法則を分析し、次の被害を食い止めようとする――そんなミステリ的趣向も濃厚なのも、本作の特徴です。

 これだけでも本来の対象年齢層の読者は夢中になってしまうだろうと感じますが、しかし本作の最大の――大人の読者も惹かれるであろう――魅力は、その怪奇味・伝奇味にあると感じます。

 19世紀のエディンバラで、密かにしかし着実に広がっていく謎の眠り病、というだけでも胸がときめくところですが、素晴らしいのはさらに物語が進むにつれて明かされていく一つの伝説。実はエディンバラでは中世にもやはり謎の伝染病が流行し、街を埋め立てることでその被害を食い止めた――そんな不気味な伝説が浮かび上がってくるのにはゾクゾクさせられます。
(エディンバラ旧市街の、狭いエリアで増改築を繰り返したため、上下に広がった町並みというそもそも舞台設定も素晴らしい)

 そしてやがて明らかになっていく、中世の伝説の真相は――いやはや、ここに来て物語は一気に伝奇ホラー度がアップ。やがて明かされる眠り病の正体にも思わぬSF味(というよりコズミック・ホラー味)があったりして、もう好きな人間には堪えられない展開なのです。

 そんな怪奇伝奇な冒険を繰り広げる中で、少しずつ自分の中の可能性に気付き、カトリが新たな一歩を踏み出すという結末も素晴らしい。まだまだカトリの、いやカトリとリズの冒険を読みたい――そう強く思わされるのです。

 続編の紹介はこちらです。


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