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清水朔『奇譚蒐集録 鉄環の娘と来訪神』 因習の村に囚われた三つの運命に終止符を打て

 大正民俗伝奇ミステリ『奇譚蒐集録』待望の第三弾の舞台は、十二年に一度の奇祭を前にした、信州山中の秘村――代々伝わる鉄環を受け取るという御役目で信州を訪れた主人公主従がそこで目の当たりする奇祭の正体とは、祭りと鉄環との関係は……

 大正三年、御柱祭を目前に控えた信州諏訪を訪れた、帝大講師の南辺田廣章と、書生の山内真汐。実家の伯爵家に代々伝わる、十二年に一度諏訪大社で鉄環を受け取るという役目を果たすために諏訪社を訪れた廣章は、鉄環が届くのを待つ間、真汐が止めるのも聞かず、周囲の山中に踏み込んでしまいます。
 そこで道に迷った末、墓所がある藤の林に足を踏み入れ、山中の村の人々に見つかった二人。そのまま村に連れて行かれた二人は、オトナイサマ(来訪神)として歓待されることになるのですが――それは十二年に一度の村の祭りが終わるまで屋敷の離れから出ることを禁じられるという、体の良い軟禁状態だったのです。

 もちろん廣章がそれで黙っているはずもなく、交渉の結果、昼の間のみ村を出歩くことを許された廣章と真汐は、やがて祭りの祭主には、実の兄弟である風祝・清月と遠部・黒曜の二人がいると知ることになります。
 そしてもう一人、祭主の側近くに仕える女性・結麻と出会い、彼女の首に固く嵌まった鉄環を目の当たりにした廣章と真汐は、自分たちが持ち帰る鉄環と彼女のそれの間に、不吉な繋がりを感じ取るのでした。
 その後、それぞれ黒曜と清月に接触し、徐々に祭りの姿を知っていく二人。しかし真汐の行動をきっかけに、思わぬ窮地に立たされることに……

 『奇譚蒐集録』シリーズは、これまで鬼にまつわる伝承を収集する廣章と彼に忠実に付き従う真汐のコンビが、各地の因習とその背後に存在する「鬼」と対峙する姿を描いてきました。
 第一作『弔い少女の鎮魂歌』では南海の孤島で行われる葬礼儀式が、第二作『北の大地のイコンヌプ』では北海道での男女を入れ替える変身婚が題材となってきましたが、本作はある意味南北の中間である、信州が舞台となります。
 これまでは比較的に(特に第二作は)広い範囲を舞台としていた本シリーズですが、本作はそのほとんどが一つの村の中が舞台。はたして狭い空間を舞台として、そこまで語るべき物語があるのか――と一瞬思ってしまったのですが、どうしてどうして、冒頭から結末に至るまで、濃密に絡み合った人間関係と民俗要素、そして何よりもサスペンスフルな展開に、まさに一読巻を措く能わずを地でいくこととなりました。

 物語の性質上、内容の詳細を述べることができないのが歯がゆいのですが、これまで本シリーズは風習に関わるヒロイン(各作の表紙を飾っています)を中心に描いてきたのに対し、本作はさらに清月と黒曜という少年二人を加えることにより、より重層的に、かつより切ない物語が展開することになります。
 そしてそんな登場人物たちの姿を、見届けるのが廣章と真汐です。基本的に伝奇ミステリでは、探偵役はまさしく「来訪者」として、一歩引いた立場で事件に接するものですが――本シリーズでは、やや感傷的なところのある真汐が、事件に対してストレートな想いを露わにすることで、より感情移入できるものとなってきました。
 これまでの物語の中でも、因習に囚われた人々を救うために奔走し、そして涙を呑んできた真汐。そんな彼だからこそ、こちらも彼の行動に大いに共感し、そして応援してしまうのです。
(特に本作のターニングポイントとなった、彼がある行動を取った場面には喝采したくなりましたほどです)

 正直なところ、物語の内容的にはかなりストレートな(あまり便利な言葉は使いたくないのですが……)因習村ものではあります。また、悪役たちの描写も、些か類型的に感じられることは否めません。
 しかしだからこそ、その対比で本作で描かれるもの――すなわち因習に押し潰され、犠牲となるだけではなく、その正体を突き止めて(そこに主人公たちの存在の意味があるわけですが)乗り越え、無数の痛みを抱えながらも、新たな一歩を踏み出そうする人々の姿が、より印象的に浮き彫りになるのもまた事実でしょう。
 本シリーズには、クライマックスに定番の展開があります。毎回、哀しい運命に終止符を打ってきたそれは、当然本作でも用意されているのですが――しかし、ここではこれまでと些か変わった形で描かれることになります。そしてそれは、こうした人々の姿と、物語を通じて真汐が必死に求めてきたものと極めて象徴的に結び付き、これまで以上のカタルシスを生むのです。

 シリーズ全体としてみれば、本作では廣章と真汐の「敵」と呼ぶべき者の姿も明らかになり、いよいよ一つのクライマックスに向けて動き出したと感じられます。ここから如何なる物語が描かれるのか、岐路を迎えたシリーズの次回作が早くも楽しみなのです。

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