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瀬川貴次『もののけ寺の白菊丸』 稚児と白い獣の危うい綺譚

 平安ホラーコメディの名手・瀬川貴次の新作は、とある曰く付きの山寺を舞台に、実母から引き離されて稚児となった少年・白菊丸の姿を描く綺譚。物の怪の骸が納められているという寺の宝蔵を、ある理由から訪れた白菊丸がそこで見たものは――少年と物の怪の奇怪な交流が始まります。

 幼い頃から実母の叔父である中納言夫婦を親代わりに、屋敷の奥で育てられてきた白菊丸。しかし十二歳となった彼は、実母たちと引き離され、稚児となるために大和国にある勿径寺なる寺に向かうことになります。
 寺の近くで山賊一味に襲われてしまった白菊丸一行ですが、そこに現れたのは寺の定心和尚と従者の大童子・我竜――瞬く間に山賊を蹴散らした二人に連れられ、白菊丸は寺に入るのでした。
 面倒くさがりで知られる定心和尚がわざわざ出迎えに行ったと、寺の稚児たちの間で話題となる白菊丸。さらに絵の授業で、稚児たちの中でもカリスマ的存在の千手丸よりも巧みな絵を描いたことから、周囲の彼を見る目が変わっていきます。
 そしてある日、先輩稚児たちから、新しく寺に入った者は、胆力を鍛えるため、夜中に一人で宝蔵に行かなければならないと言われる白菊丸。新人いびりの嘘とも知らず、彼はその晩、一人で宝蔵に入り込むのでした。
 しかし勿径寺の宝蔵は、力ある物の怪たちの骸が封印されているという噂の、曰く付きの場所。そして白菊丸は、そこで巨大な白い獣の物の怪と出会うことに……

 こうして白菊丸と白い物の怪が宝蔵で出会ったことで始まる本作は、全四章の緩やかな連作スタイルの物語であります。
 上記の第一章「もののけ寺の白菊丸」、とある幼い姫君が持つ母の形見の人形が招く怪異を描く「黒いうねり」、ある理由で山に登った千手丸たちが立烏帽子姿の不気味な美女と遭遇する「赤紫の花を求めて」、首だけから復活した伝説の大鬼・大嶽丸が白菊丸を襲う「黄色い獣」――いずれも章題に色を冠されたエピソードが収められています。
 純粋で生真面目な少年が、変人の先輩/師匠などユーモラスな周囲の人間に振り回されつつ、真剣に怖い怪異と遭遇するというのは、作者の作品の一つのスタイルであります。そして本作も、まさにそのスタイルを踏まえた物語と言ってよいでしょう。
(もっとも、どちらかというと白菊丸は純粋すぎる変人で、振り回されるのは千手丸の方なのですが)

 しかし本作に強烈な個性を与えているのは、ヒロインともいうべき立ち位置にある白い物の怪「たまずさ」であることは間違いありません。
 真っ白くて長毛、細長い頭部に糖蜜色の目と小さな耳、長い脚を持つ四足獣。イメージ的には狐に近いものの、それとも微妙に異なる姿(大西実生子の表紙イラストが絶妙なのでこちらをご覧下さい)のたまずさ。
 そしてその声は若くも年配でもなく、品があると同時に艶めかしくもある女性のもの――女性で「狐」とくれば、その正体は何となく想像がつきますが、いずれにせよ曰く付きの蔵に封印されていた時点で並みの存在であるはずがないでしょう。

 作中では半ばきまぐれで白菊丸に力を貸してくれるものの、しかしその気になったら何を仕出かすかわからないミステリアスな彼女。それだけでも何ともユニークな存在ですが、面白いのは白菊丸が、そんな彼女にどこか「母親」を感じていることであります。
 物心ついた時から、血のつながりのない相手を両親と呼ばされ、そして物語冒頭で実母と引き離された白菊丸。そんな彼女にとって、包容力(?)と頼りがいがある女性に、母親を見てしまうのは、ある意味当然なのかもしれません。
 しかしそれはどうみても危ういバランスで成り立つ感情であります。もし白菊丸が成長して分別がついたら、あるいは母性が必要でなくなったとしたら。あるいはたまずさがきまぐれを起こしたら――二人の関係がどう転ぶのか、それはわからないのです。
(『暗夜鬼譚』『鬼舞』と、作者には一種のモラトリアムの終わりを描く作品が多いだけに――というのは牽強付会が過ぎますが)
 なお、白菊丸の出生の秘密は、作中の比較的早い段階で明かされるのですが、それが白菊丸とたまずさの関係性に影響を与えているという設定も、また巧みであります。

 愛らしく純粋な稚児を主人公にしつつ、どこかフェティッシュな香りを強く漂わせる本作。飄々としていい加減な生臭坊主のくせに全く底が見えないという、いかにも強キャラ感漂う定心和尚のキャラクターも非常に面白く、この先を見てみたい物語が、また増えました。


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