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東曜太郎『カトリと霧の国の遺産』 少女の見えない将来と幻の街の魔手

 児童書にして優れた伝奇ホラーでもあった『カトリと眠れる石の街』の待望の続編です。エディンバラの博物館で働くことになったカトリの周辺で起きる連続失踪事件。それは幻の街にまつわる古物収集家のコレクションの展示に深く関わっていました。そして謎の魔手はカトリにまで及ぶことになります。

 エディンバラで流行した謎の眠り病事件解決に奔走する中、博物館に興味を抱き、家業を捨ててそこで働くという道を選んだカトリ。しかしそこで待っていたのは期待外れの退屈な仕事――しかも正式に学問を修めたわけでない少女であるカトリにとって、先行きは厳しく感じられるばかりでした。
 そんな中、奇矯な行動で知られ、つい先頃亡くなったアマチュア収集家・バージェス氏のコレクションが博物館に寄贈されます。呪われていると噂されるそのコレクションは、全てビザンツ帝国の「ネブラ」なる街にまつわるもの。しかし問題は、博物館の誰もネブラなる街のことを知らなかったことでした。

 それでも特別展で展示されることになったコレクション。しかしそこで、コレクションを見ていた客が次々と失踪するという奇妙な事件が起きます。展示室で奇妙な霧に満ちた空間に迷い込むという経験をしたカトリは、コレクションに秘密があると睨むのですが――展示物の一つである謎の街について記された年代記を調べる中で、ある発見をすることになります。
 そしてそれをきっかけに、己の身にも危機が迫っていることを察知したカトリ。眠り病事件を共に解決したリズに状況を伝え、バージェス邸の探索に向かうカトリですが、時既に遅く……

 講談社児童文学新人賞の佳作を受賞し、一般読者からも好評を得た『カトリと眠れる石の街』。19世紀のエディンバラを舞台に、金物屋の娘で才気煥発な少女・カトリの活躍を、濃厚な伝奇ホラー味で描くその内容に驚かされ、続編を心待ちにしていましたが――本作はその期待に応える作品といえます。

 上で紹介したように、幻の街を巡ってミステリアスに、そして不気味な――特に失踪者の「法則」が明らかになったシーンにはゾッとさせられました――ムードたっぷりに進む物語は、前作同様、既存の神話伝説に拠ることなく(というより本作の場合……)、独自の怪奇と謎の世界を描いていきます。
 もちろん、その恐怖を前にして、カトリが黙っているはずもありません。前作で手を携えて石の街の恐怖に立ち向かった上流階級の、しかしかなりアグレッシブな(作中で「武闘派」と呼ばれたのは納得!)少女・リズとともに、果敢にそしてロジカルに謎に挑む姿には、胸躍るものがあります。

 しかし本作のカトリは、勇猛果敢に突き進む姿だけが描かれるのではありません。前作のラストで自らが進むべき道として、博物館での研究を選んだ彼女ですが、選んだ道は前途多難。往くも険しく、戻る道もない――性格的にいまさら周囲に弱音も吐けず、五里霧中の自分の未来に対して、迷いと恐れを抱くことになるのです。

 そしてそんな彼女の姿は、本作の物語そしてネブラという街の存在と、密接に結びついていくことになります。その様には、児童文学――それぞれに過去を背負いつつ、未来に向かって成長していく子供たちを主人公とする物語――において、主人公が対峙すべきもの(の一つ)は、将来の先行きが見えないことに対する不安なのだな、と今更ながらに再確認させられます。

 もちろん、カトリは不安に沈むだけではありません。かなり危ないところまで行ったものの、再起した彼女が理解した、あるべき生き方――それは彼女と同年代の読者よりもむしろ、彼女よりもずいぶん長く生きてきた、そしてそれでもまだまだ不安を抱える自分のような読者にとって、ごく自然に納得できる、そして心に光が灯ったような想いになるものかもしれません。
 そしてそれが物語と有機的に結びつくことによって、説教臭さとは無縁のものとして感じられるのもまた、素晴らしいというべきでしょう。
(多くは語れませんが、完全に円満な解決とはならない点に逆に納得させられます)

 そして一つの怪異は解決したものの、思わぬ人物の思わぬ行動を示唆して終わる本作。どうやらまだまだカトリの冒険を、彼女が未来に向かっていく姿を期待してよさそうです。

 ちなみに本作ではカトリとリズに重要な事実を語る、ある人物が登場します。名前が変えられているので当人ではないのだと思いますが、なるほどこの時代のエディンバラに居た人物だった! と快哉を挙げたくなった次第です。

第一作目の紹介はこちらです。


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