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あるボクサーの死去について思うこと Vol.54

かつて、『天上天下唯我独尊』というボクシングマンガがあった。1991年に連載開始され1995年まで続いた。
不良少年がボクシングに出会い、瞬く間に成り上がっていく物語。
主人公が中学3年生の時点からはじまる。もともと正義感の強い少年で、その正義感から厄介なことに巻き込まれていく…。

現実離れした話ではあるが、壮絶な物語で今もなお私の記憶に残っている。

私は高校の3年間をボクシングに捧げた。(戦績はさっぱりだったが…)練習は本当に辛く毎日がイヤでイヤでしょうがなかった。

私の学校はボクシングの名門高ではなかったが、2つ上にインターハイで優勝した先輩がいた。この先輩の練習量はとてつもなくハードだった。インターハイで優勝するような選手は、センスもさることながら努力も桁が違うんだと肌で感じた。

アマチュアボクシングはプロに比べると、とことん安全面で配慮されている。
頭部をヘッドギアで保護し、グローブもプロに比べると断然大きく重い。とはいえ殴られるとやはり痛い。さらに重い衝撃が頭部へと加わるパンチがある。私は試合で1度この重いパンチをもらったことがある。腰がガクッと落ちて一瞬記憶がとんだ。

当時と比べ今はルールも変わっているだろうが、顔面にパンチをもらい顎が上がるほどの打撃であればダウンを取られる。(スタンディングダウン。パンチで倒れた時と同じ扱いになる)
試合でもレフリーストップコンテスト(略してRSC )はしばしばみられるが、KO(ノックアウト)というのはほとんど見ることはない。倒れる前にレフェリーが止めるのがほとんど。

減量もボクシングを語るうえでかかせない。私も5回、6回ほど経験した。当時私は身長170cmで体重59kgほどだった。私はバンタム級で当時54kg以下が規定の体重。試合の度に5kgの減量を行うことになる。

減量は1ヵ月前からはじめる。
減量に関して特に顧問の先生からの指導はなかった。母に相談してできるだけ低いカロリーの食事を作ってもらった。よく食べていたのはひじきだった。不摂生している体にではなく、普段トレーニングを積んでいる人間がそこから5キロ落とす。

試合前が近づくにつれナーバスになっていく。食べるものも飲み物も制限されイライラが募る。当日計量のため試合の日まで我慢は続く。計量が終わると好きなだけ飲み食いできるが、試合を数時間後に控えるためそれどころではない。

そして、試合を前に不安と恐怖が襲ってくる。「ボクサーの試合前の心境」と言うが、これは経験した人にしかわからないと思う。何にせよ、初めて顔を合わせた相手と殴り合うのだ。

…と、かなり前置きが長くなった。
先日、プロボクサーの穴口一輝選手が、試合後に意識を失い、約1か月後帰らぬ人となった。享年23歳。
高校時代にはフライ級で2冠を獲得し、アマチュア戦績は76戦68勝8敗、プロ戦績は7戦6勝(2KO)1敗。とある。数字をみても素晴らしいボクサーだ。

穴口選手の訃報を知りYouTubeでこの試合を見た。穴口選手は4度のダウンを喫し判定で敗れた。しかし試合自体は、ほぼ拮抗していた。

この試合をレフェリーが止めるのは難しい。ダウンして起き上がるときに、体にふらつきはみられず闘志にあふれていた。

突然の出来事で友人やご家族の気持ちを察するに計り知れない。しかも、23歳という若さ。夢にむかって走りタイトルに手が届く、ほんのあと少しのところで。

これがわが身に起きたらどうだろう?
やはり、夢やぶれても子供には生きていて欲しい。
子を持つ親として、どんな状況でも生きていて欲しい。しかし、自分で見つけた夢に向かって、夢にもう少しで手が届きそうなところで急にストップされていたら?
後悔し続けやりきれない気持ちを抱え続ける子供の姿を、見続けることができるだろうか?
好きなこと、やるたいことがみつかったのなら、チャレンジしてほしい。
なによりも、子供には幸せでいてほしいから。

複雑な要因がからまっておきたできごとである。このような悲しい事故が起こった以上、対策はしなければいけない。命はなによりも大切だ。生命にかかわるようなことには配慮しなければいけない。

穴口さんにとって最後の試合が昨年の年間最高試合賞(世界戦以外)を受賞した。そのことについて所属ジムの会長は「名誉なこと。あんなに良い舞台で、良い試合、年間最高試合賞ができた勇気ある選手がいたことだけは忘れないでほしい」
とコメントを残している。

今回こうして私の思いを綴ることで、穴口一輝選手は私の中でずっと生き続ける。人の一生から考えれば短い時間だったかもしれない。でも、強烈な輝きを放った。

この悲しい事故を美談で終わらせてはいけない。でも、考えてしまう。

物語の話ではあるけど
アポロは死んだ。
シャーク堀口も死んだ。
力石も死んだ。

死はとてつもない影響をあたえる。

冒頭のボクシングマンガ「天上天下唯我独尊」のラスト。
主人公はすでにボクシングのできない体になっていた。が、紆余曲折、最後のリングに立つ。

最後には腕が折れ眼球も破裂し、それでも敵に向かっていく。
「精神は肉体をも超越するんや!」
王者を粉砕する。
「最高の気分や…」
これが主人公の最期になる。

やがて時は過ぎ数奇な運命を歩んだ、先輩の子供が主人公に憧れ、世界チャンピオンのベルトをつかみ取る。
そう、ときを超えてなお主人公は、人の思いの中で生き続け夢を後押しした。



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