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選挙の神様が選挙で負けた日【三世議員のゆる政治エッセイ Vol.1】

 矢板の市長選挙で現職の齋藤淳一郎が落選したニュースで衝撃を受けている。接戦という噂は聞いていたので、結果が意外で驚いているのではない。私の中で齋藤淳一郎は選挙好きの選挙オタクで、そして選挙の神様だったからだ。その選挙の神様が選挙で負けたことがショックなのだ。

選挙の神様・齋藤淳一郎

 齋藤淳一郎は2011年の統一地方選で彗星のごとく現れた。当時、波に乗る勢いがあった第三極の政党の候補として栃木県議選にエントリーしたのだ。彼が出馬した矢板市選挙区は議員定数1で、一人しか当選できない。対立候補は県会議長を経験した重鎮の現職議員で、新人の齋藤が彼に一騎打ちで勝利したことは、この時の栃木の世論を象徴する結果であった。でもまあ、何事にも初戦は運の要素が強い。

 齋藤の選挙の神様っぷりはここからで、県議の二選目が行われた2015年4月は、半年前に所属政党がスキャンダルで消滅して、齋藤の後見人たる渡辺喜美が落選し、まさに最悪の環境だった。それでも1600票差で前職を下す。通常、1人しか当選できない小選挙区の選挙ではスキャンダルを抱えると厳しい。「今回はアイツには投票しない」という票がすべてライバル候補に入るので、差が2倍になるからだ。それでも齋藤淳一郎は競り勝った。

逆境の二選目も重鎮に競り勝つ

齋藤淳一郎の空中戦

 私はこの二回目の県議選で齋藤淳一郎の応援に2ヶ月間みっちり入った。齋藤選対は「淳ちゃんのためなら苦労は惜しまない」熱狂的な後援会メンバーに支えられ、また候補者本人は選挙キチガイで、そのキチっぷりを何度も目撃した。候補者が日に何度も行う辻立ち(スポット演説)は交通量の多い中心街の交差点から、誰もいない田んぼのど真ん中でも行うが、その演説バリエーションが辻々で全部違うのだ。候補者なら2、3種類、4、5種類の演説パターンを準備しておくのは当然だが、そういうレベルではなく、すべての場所で話すことが違うのだ。どうやらご当地にあった話をしているらしい。また挨拶まわりでは「ここの2階にすんでる〇〇さんは、××の誰々の娘で、たしか母親は△△会だった」のような話が、行く先々であり、住民の個人データが無数に頭の中に入っている人だった。4年間みっちり地域を歩いていないと、こういうことはできない。

 選挙の応援に入ったというものの、私の伯父の渡辺喜美は落選したばかりで人気は最悪だし、私も東京育ちで矢板市に地縁もないので、渡辺後援会関係者を回ったあとはできることもなくなり、結局やるのは雑用と単純労働だった。ある日、奥さんのあいさつ回りの運転手役を仰せつかったとき、運転しながら助手席に座る奥さんに、大変ですねなんて月並みな声をかけると、「ほんと、選挙の前は大変なんですよー(笑)(笑)」なんて感じに、ニコニコしながらあいさつ回りをしていた。夕方それが終わって選挙事務所に帰ってきたと思ったら、「子どもの迎えにいってきます~(笑)」とまたニコニコしながら家の事をこなしていた。候補者の奥さんの選挙のかかわり方はすごく難しくて、選挙スタッフからすると、「俺たちが朝から晩まで、無償でお前の旦那のために働いてるのに、奥さんはなんで家の事なんかしてんだ!」と感じることがしばしばある。それが齋藤陣営では、候補者本人がマジメすぎて、ピリピリしているから、奥さんのいつもニコニコの明るい感じが清涼感になっていた。あとから聞いたら、彼女はさる議員の娘だそうで、物心つくころから選挙を間近で経験していたことが分かった。さすがだわ。

神やぶれる

 齋藤淳一郎は二期目の県議選後、1年で矢板市長に鞍替えして当選、2020年に再選して、今回が3期目の挑戦だった。彼のこれまで戦ってきたすべての選挙がたった1席を争う厳しい選挙で、それを常に勝ち抜く無敵の男だった。それが今回、2000票差でやぶれるなんて。

 権力はそれを保持しているうちはとても強いが、権力を維持するのは難しい。政治家が人気者であり続けるも難しい。田中真紀子、舛添、小泉(Jr.)は絶大な人気があった。だけど今は? 

 矢板では12年前に旧弊刷新・改革を訴えた齋藤淳一郎が、さっそうと現れ、これまでの政治の象徴だった重鎮議員を破った。その齋藤淳一郎が、市政の刷新を訴える37歳の男に敗れてしまった。まさに今まで自分がやってきたことを、こんどは現職として、市長として、ディフェンディング・チャンピオンとして迎え、やられてしまった。

 有権者は移ろい気で、つねに目新しいことを求めていて、気まぐれで、何だかなあと思う時もある。だけど正しいのは彼らだ。明日は我が身で本当に恐ろしい。

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