見出し画像

K先輩のこと

K先輩を初めて見たのは高2の冬。
予餞会のステージで尾崎の『I love you』を歌っている姿を見たのが最初だった。

高らかで、伸びやかで、力強い歌声で。
一目惚れならぬ、一聴き惚れだった。

惚れっぽい私は、よく知らないのにたちまちK先輩のことが好きになってしまう。
そしてもうすぐバレンタインデー。
この機会に何もしないという手はない。

さっそく生徒名簿でK先輩の家の番号を調べ、電話に出た彼のお母さんにK先輩に取り次いでもらうようにお願いをし、電話口に出たK先輩にはじめましての挨拶と簡単に用件を伝え、バレンタイン当日の放課後に会ってもらう約束を取り付けた。

我ながら、なんですごい行動力なのだろう。
でも「バレンタインに渡したいものがあります」なんてセリフ、チョコ以外いったい何があるというのだろう。
恥ずかしいぐらいバレバレである。

そして、バレンタイン当日。
手作りのチョコレートトリュフも前日までに用意した。
それらしいギフトボックスも用意した。
できうる限りのお洒落もした。
これで後は放課後を待つばかり!…と気合を入れていたのも束の間。

緊張と、前日にデトックスとばかりに飲んだセンナ茶のせいでものすごい腹痛に襲われることになる。
授業中、5回も抜け出してトイレに駆け込むハメに。
しかも気になってギフトボックスの中を覗いたらトリュフは溶けはじめてまるで泥だんごのような様相になっている!
なんてことあぁぁー!!

といって今さら引き返すことも出来ず、約束の校門前で緊張と消沈がないまぜになった気持ちで待っていたらK先輩は颯爽とやって来た。
私は以前から一方的に知っていたけれど、それが2人の初対面の日だった。

同じ平面に立つK先輩はステージ上で見た時よりも背が小さく、私より華奢な人だったけれど、そんなことは関係ない。
意中の人にやっと会えた喜びでこちらは舞い上がっていて「あの、ちょっと溶けちゃったんですけど、これ」と泥だんごトリュフを差し出すのに精一杯だった。

会話を少しだけしたような気がするけど今となってはもうほとんど覚えていない。
私の短髪とガタイのよさを見てK先輩が「バスケ部?」と聞いてきたことしか思い出せない。
(いいえ、ワープロ部です…)
K先輩は現れた時と同様に爽やかな笑みで颯爽とチョコを受け取り帰って行った。

その後、K先輩への私の片思いは彼の卒業式の日まで続き、お家にあげてもらって2人きりでお話したのを最後にそれきりになってしまい、どうにもならなかったけれど(K先輩は就職のため上京した)、今でもあのドキドキと高揚と興奮はK先輩の爽やかな笑みと共にバレンタインの良き思い出として胸に残っている。

最後に。
センナ茶の効果と副作用には十分にご注意を。
大切な日の前日には服用を控えることをおすすめします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?