孔子、世阿弥、フィリップ・マーロウ、そして40歳ということ

ミテモのメンバーが、本を読んで感じたことを綴ります。
今日の書き手は、乾善彦さん。
本は3冊あります。
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【読了時間: 20分】
(文字数: 7,200文字)
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1978年生まれの僕は今年で40歳です。
40年間自分自身として生きてきて、いよいよ後には戻れないルビコン川を渡ったような気分です。良くも悪くも自分は自分にしかなれないですね。さて、そんな40歳、もしくはもうすぐ40歳、とっくに40歳は過ぎてるという方に送りたい本をご紹介します。

40歳と聞くと思い浮かべるのは、孔子のありがたいご託宣をまとめた論語の「四十にして惑わず」(四十而不惑)ではないでしょうか。
あの言葉、実はずっと嫌いでした。なぜなら、どうも孔子が上から目線で、「40歳にもなったらフラフラせず惑わない人間になりなさい。(そうじゃないと恥ずかしいよ)」と言われているように思ったのです。そんなこと言われたら「あー、そうですか。(けっ」と思うわけです。なので、論語からは距離を置いてました。

でも、じつはその「四十にして惑わず」の理解は誤解だったことが最近わかりました。そのきっかけはこちらの本。 

著者は、 下掛宝生流ワキ方能楽師の安田登氏。 高校時代、麻雀とポーカーをきっかけに甲骨文字と中国古代哲学への関心に目覚めるという稀有な方です。今でも『論語』を学ぶ寺子屋「遊学塾」を主宰し、東京をはじめ全国で出張寺子屋を行ってらっしゃるようです。

安田氏によると、まず「心」という漢字は孔子が生まれるたった500年前に生まれた漢字だというのです。そしてさらには、孔子の時代には「四十而不惑」の「惑」という漢字はまだなかった。なので、「四十而不惑」の「惑」は、当時別の漢字が使われていたのではないか、というのです。「惑」という漢字はなかったけれども、部首のこころをとった「或」はあった。これが本来使われていたのが、時代を下るといつの間にか「惑」になったのではないか。というのも、「或」と「惑」の古代の音韻は同じようなので。
ならば、「四十而不或」だとどういう意味になるか。「或」という感じは、「地域」の「域」に見られるように範囲や境界を示す意味です。そうすると、「四十而不或」の意味は、「40歳になっても自分の枠(或)を定めて限定しちゃいけない、もっと可能性を広げなさい」という意味になります。「40歳にもなったらフラフラせず惑わない人間になりなさい。」とはまったく意味が違いますね。これはあくまで安田登氏の論でしかない(本当のところは孔子に聞かないとわからない)ですが、ぐっと孔子のことが好きになりました。さすが古典、中国の春秋時代から世界中で読まれ続けるだけのことはありますね。堂々たる大人(たいじん)の風格です。


実はこの「四十にして惑わず」の誤解と同じような誤解をされているのが、世阿弥が『花鏡』に記した「初心忘るべからず」です。

 一般的に「はじめの志を忘れてはならない」という意味で使われますが、この言葉はもっと複雑です。
ここでいう「初心」は古い自分をリセットし、常に新しい自分に出会っていくことを示しています。「初」とは衣(ころも)に刀(刀ははさみのこと)と書き、衣にはさみを入れて仕立て直すことを表しています。なので、いくつになっても現在の自分にはさみをいれ、仕立て直すことを忘れてはいけない、と世阿弥は言っているのですね。

「初心忘るべからず」とは、それまで経験したことがないことに対して、自分の未熟さを受け入れながら、その新しい事態に挑戦していく心構え、その姿を言っているのです。その姿を忘れなければ、中年になっても、老年になっても、新しい試練に向かっていくことができる。失敗を身につけよ、ということなのです。
http://www.the-noh.com/jp/zeami/words.html#word01

どうでしょうか。孔子と世阿弥、「四十而不或」「初心忘るべからず」という言葉を通じて、枠にとらわれず、安住せず、つねに挑みなさい、というメッセージを、中国と日本、そして春秋時代と室町時代、と異なった国と時代から声高に現代の我々へ伝えようとしていると感じます。


そして、『身体感覚で「論語」を読みなおす。』と時を同じくして読んだ本がこちら、レイモンド・チャンドラーの「ロング・グッドバイ(The Long Goodbye)」


「タフでなければ生きていけない、やさしくなくては生きている価値はない」というセリフで有名な探偵フィリップ・マーロウが主役のミステリー小説といえば、わかるのではないでしょうか。
フィリップ・マーロウシリーズは全部で7作品あるのですが、この「ロング・グッドバイ」は最高傑作と言われています。さらにはミステリー小説の枠をはみ出て、アメリカ現代文学の最高峰とまで言われているほどです。僕の中でも訳者の村上春樹の言葉を借りるなら”夢のような”小説といえる作品です。

さてこの探偵、フィリップ・マーロウ、年は42歳。
自分なりの「正義」をもち、ひと味変わった人間味があり、彼の前に権力が立ち塞がれば歯向かわずにはいられないたちの、今風に言えば中二病を患ってる孤独な男です。
42歳の壮年の探偵であれば、007のジェームス・ボンドのように鮮やかに事件を解決しそうですが、まったくそんなことはなく、ギャングやさらには警官から小突かれたり、反撃したはいいが後ろから銃把で殴られ意識を失ったり、全然スマートではありません。
でも、「タフでなければ生きていけない、やさしくなくては生きている価値はない」というセリフから醸し出されるように、「正義と不義」「真摯さとだらしなさ」「強面であり軟弱」「やさしさと厳しさ」「強さと弱さ」「素直でひねくれ」など様々な二律背反をつねに内在し境界がなく、どこまでも高尚であり、そしてどこまでも低俗であるのです。

そんなフィリップ・マーロウの、挑み、友情に翻弄され、敗れ、裏切られ、愛に戸惑い、誘惑され、小突きまわされ、疲弊し、それでも前に進むことをやめない姿に、僕は人間としての魅力そして強さを感じずにはいられず、孔子や世阿弥の面影を見ずにはいられません。探偵事務所に持ち込まれる事件が何であろうと、彼は彼なりに信ずる「守るべきもの」の番人として傷を負いながらも守ろうとしているのです。誰に頼まれたわけでもないのに。
そんな彼が登場する『ロング・グッドバイ』には、『論語』に勝るとも劣らない、人生の大いなる指針が示されていると感じるのです。ということで、42歳のフィリップ・マーロウは、僕にとって偉大なるロールモデルのひとりです。

そんなフィリップ・マーロウを感じてもらうには本を読んでもらうしかないのですが、そのエッセンスを少しでも味わってもらえるよう最後に『ロング・グッドバイ』より、フィリップ・マーロウおよび登場人物たちの珠玉のご託宣を(論語の「子曰く」のごとく)紹介したいと思います。

フィリップ・マーロウの1/10にでもなれたら10倍かっこよい40歳になれるかもしれない。

もし私が質問し、彼が答えていれば、あるいは二人ばかりの人間の命が救えたかもしれない。しかしそれはあくまで「あるいは」であり、どこまでいっても「あるいは」でしかない。

If I had and he told me, it just possibly might have saved a couple of lives. Just possibly, no more.
「アルコールは恋に似ている」と彼は言った。「最初のキスは魔法のようだ。二度目で心を通わせる。そして三度目は決まりごとになる。あとはただ相手の服を脱がせるだけだ」

"Alcohol is like love," he said. "The first kiss is magic, the second is intimate, the third is routine. After that you take the girl's clothes off."

*事件の中心人物テリー・レノックスがマーロウに向けて
僕のような人間は、生涯に一度だけ晴れがましい瞬間を持つ。空中ブランコで、完璧な離れ業をやってのける。そしてあとの人生を、舗道から溝に転げ落ちないようにびくびくしながら生きていくんだ。

A guy like me has one big moment in his life, one perfect swing on the high trapeze. Then he spends the rest of his time trying not to fall off the sidewalk into the gutter.

*これもテリー・レノックスがマーロウに向けて
国境検問所の係員は私をろくすっぽ見もしなかった。私の顔には時計の針ほどの値打ちもないらしい。

Then I left. Nobody at the border gate looked at me as if my face meant as much as the hands on a clock.
これが警官の困ったところだ。警官なんて大嫌いだと心を固めかけると、中に一人くらい人間味のあるやつが出てくる。

That's the trouble with cops. You're all set to hate their guts and then you meet one that goes human on you.
法律は正義じゃない。それはきわめて不完全なシステムなんだ。もし君がいくつかの正しいボタンを押し、加えて運が良ければ、正義が正しい答えとしてあるいは飛び出してくるかもしれん。法律というものが本来目指しているのは、メカニズム以上の何ものでもないんだ。

The law isn't justice. It's a very imperfect mechanism. If you press exactly the right buttons and are also lucky, justice may show up in the answer. A mechanism is all the law was ever intended to be.

*事件を担当する弁護士がマーロウに向けて
死んだ人間に罪を負わせるほど楽なことはない。死人は何ひとつ反論しないからだ。

A dead man is the best fall guy in the world. He never talks back.
自分で自分に仕掛ける罠が、何よりたちの悪い罠なのだ。

There is no trap so deadly as the trap you set for yourself.
私はそういう場所には不向きな人間だ。小タマネギがバナナ・スプリットに合わないのと同じくらい。

I belonged in Idle Valley like a pearl onion on a banana split.
人生は所詮大仕掛けな見世物に過ぎないのだ。

Life was just one great big vaudeville show.
人はただスタイルを交換していくだけだ。ものはどんどん流行遅れになっていくと人為的に思いこませ、新しい製品を買わせるインチキ商売が横行している。大量生産の製品についていえば、今年買ったものが古くさく感じられなかったら、来年には商品がさっぱり売れなくなってしまうのだ。我々は世界中でもっとも美しいキッチンを手にしているし、もっとも輝かしいバスルームを手にしている。しかしそのような見事に光り輝くキッチンで、平均的なアメリカの主婦は、まともな料理ひとつ作れやせんのだ。見事に光り輝くバスルームは腋臭止めや、下剤や、睡眠薬や、詐欺師まがいの連中が作り出す化粧品という名のまがいものの置き場に成り果てている。我々は最高級の容器を作り上げたんだよ、ミスタ・マーロウ。しかしその中身はほとんどががらくただ。

So you substitute styling, which is a commercial swindle intended to produce artificial obsolescence. Mass production couldn't sell its goods next year unless it made what it sold this year look unfashionable a year from now. We have the whitest kitchens and the most shining bathrooms in the world. But in the lovely white kitchen the average American housewife can't produce a meal fit to eat, and the lovely shining bathroom is mostly a receptacle for deodorants, laxatives, sleeping pills, and the products of that confidence racket called the cosmetic industry. We make the finest packages in the world, Mr. Marlowe. The stuff inside is mostly junk.

*事件に関わる大富豪が、マーロウに向けて
その事件はもう終わったんだ。蓋を閉じられ、鍵をかけられ、重しつきで海の底にどぼんと沈められたんだ。わかったか?

That matter is closed, locked up, weighted with lead and dropped in the ocean. Get it?

*事件を担当する刑事が、マーロウに向けて
大量のコーヒーを。深く強く、火傷しそうなほど熱くて苦く、情けを知らず、心のねじくれたコーヒーを。それはくたびれた男の血液となる。

I went out to the kitchen to make coffee--yards of coffee. Rich, strong, bitter, boiling hot, ruthless, depraved. The lifeblood of tired men.
彼は輪ゴムを取り上げ、両手の親指でそれを引っ張った。どんどんそれを引っ張っていって、最後には輪ゴムがぱちんと音を立てて切れた。ゴムの先端がはじけて指を打ったところを彼はさすった。「もうこれ以上は伸びないという限界が、誰にもある」と彼は言った。

He picked up a rubber band and stretched it between his thumbs. He stretched it farther and farther. Finally with a snap it broke. He rubbed his thumb where the loose end had snapped back against it. "Anybody can be stretched too far," he said. "No matter how tough he looks. See you around."
*事件を担当する刑事が、マーロウに向けて
人間いったんカモと見込まれると、どこまでもカモにされるらしい。

Once a patsy, always a patsy.
私にはさよならを言うべき友だちがいたと君は言った。しかしまだ本当のさよならを言ってはいない。その写真複写が紙面に載ったら、それが彼に対するさよならになるだろう。ここにたどり着くまでに時間がかかった。長い、長い時間が。

You said I had a friend to say goodbye to. I've never really said goodbye to him. If you publish this photostat, that will be it. It's been a long time--a long, long time.
フランス人というのはいかなるときも場にふさわしいひとことを持っており、どれもがうまくつぼにはまる。さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ。

The French have a phrase for it. The bastards have a phrase for everything and they are always right. To say goodbye is to die a little.
元気でやってくれ、アミーゴ。さよならは言いたくない。さよならは、まだ心が通っていたときにすでに口にした。それは哀しく、孤独で、さきのないさよならだった。

So long, amigo. I won't say goodbye. I said it to you when it meant something. I said it when it was sad and lonely and final."
君はずっと前にここから消えてしまったんだ。今では素敵な服を着て、素敵な香水をつけて、まるで五十ドルの娼婦みたいにエレガントだよ。

You're long gone. You've got nice clothes and perfume and you're as elegant as a fifty-dollar whore."
そのあと、事件に関係した人間には誰にも会っていない。警官は別だ。警官にさよならを言う方法はまだみつかっていない。

I never saw any of them again--except the cops. No way has yet been invented to say goodbye to them.

(日本語引用は、村上春樹訳『ロング・グッドバイ』(早川書房出版)、英語引用はTHE LONG GOODBYE (English Edition) Kindle版より)


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