見出し画像

それぞれの事情(43)

 少し話しただけと思っていたのに、思いのほか時間がたっていて、もう店に入ってから3時間がたっていた。秀は、「夕飯も食べて帰る?」と誘ってくれたけど、マヤは「きょうはいっぱい話したから、家で夕食用意されているだろうし、もう帰るね」と告げた。家まで送っていくと言ってくれたが、改札までで大丈夫と断った。きょうは一遍にいろいろあったから、少し休みたいと思った。お互いの絆も取り戻せたと思ったけど。簡単にはいかない未来をその時は思いもしなかった。
 その夜、秀は家についてすぐ兄の部屋に向かった。きょうは週末だが、めずらしく兄は自分の部屋にいた。「ちょっと話があんだけど」「おう、めずらしいな、何だ?」兄が社会人になってからは、お互いにあまり干渉しなくなっていた。仲が悪いわけではないのだが、兄も仕事が忙しく学生時代のようにつるむことはなかった。「実は、香奈子のことなんだけど」「香奈子は元気か?」「俺香奈子と別れることにしたんだ。この話1年半前もして俺、兄貴に殴られたよな。全部思い出したんだ」兄は秀が記憶を取り戻したことに驚いているようだった。「いつから?」「夏ぐらいから徐々にいろいろなことを思い出してたんだ。少しずつ少しずつ薄皮をはぐようにね。俺の気持ちはどうなるんだよ」と秀は言った。

それぞれの事情(43)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?