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夢と夢 【ショートショート】

夢と夢

クモがこっちを見ている。大きさは5ミリくらいで体の色は黒いが、目が虹色だ。きれいだ。どれが目でどれが他の器官なのかはよくわからないが。やさしいクモらしく、何もしない。このまま動き回っていればかわいいものだ。

人を落とし込めて、何を考えているかもわからない者が多いこの世の中。俺は普段の生活にいいかげんうんざりしていた。

会社は決して悪い待遇ではないが、社内の敵は無謀にも俺に挑戦してくるから、とんでもない。俺が勝つのはわかっている、なぜかというと、なんてったって俺はアイドルだからだ。会社のアイドル。なんてったってだ。女性社員の視線は毎日俺にくぎ付けだ。

女性社員の中には俺のルックスだけでなく、スーツパンツの股間を気にする者もいる。俺はあえてピチピチのパンツをはいている。だってより大きなイチモツを持っている方がよくない?

前に言われた。

「大きい方がいいにきまってるじゃない!」

相手は55歳の中小企業の社長の奥様だった。元カノが分かれる手切れ金の代わりに紹介してくれたが、そういう役割のわりには女優にしてもおかしくないくらい綺麗で色気のある熟女だった。いい関係になった。

そんなイケイケどんどんの俺に歯向かうやつがいる。人気絶頂の俺をねたんで、悪ふざけを望んでくる奴だ。それはいたずらの範囲を超え、いじめの世界?あるいはパワハラ。この前俺が有給を取っている時にオフィス内で席の移動があったのはいいが、俺のデスクわきのワゴンの中にあった荷物を、全部他の部署のロッカーに入れてくれていたから、ブチ切れそうになった。首ってことかって暴れたかったが何もしなかった。向こうが上司みたいだから何も言わなかっただけだ。

こんな世界で生きているから、小さくて黒いクモと向かい合って、その輝きを可愛いと感じたのだ。

人気絶頂のイケメンの俺だが、その意地悪には正直うんざりしている。つまり俺の人気ぶりを俺の中でそのいやがらせが上回っているから、負けそうになる俺がいて、いやダメだ頑張れ、と自分を励ます自分がいて、そう考えるのがいいのか悪いのかさえも、わからなくなっていることすらわからなくなっているのだった。

何を言ってるのかわからない。

そんな結論めいたことを思った瞬間だった。目の前のクモの顔は人間の怒りのすべてを前面に表したような、この世のものとは思えないような形相をして俺の顔に飛びついてきたのだった。

「わああーー」

と叫んで俺は目を覚ました。夢だった。ん?どこからどこまでが夢でどこからが夢なのかを確認しないと。

夢と夢 了

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