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日記 第12話(読了3分)

前回までのあらすじ
妻と別れ、仕事も長期休暇をとり、一人寂しくなった西澤祐樹は結婚相談所に頼ってみることにした。そこでは日記を書いてくるように言われる、日記の内容をもとに相性の会うパートナーを紹介してくれるみたいだ。そこで紹介されたのは年上の女性だった。

日記 第12話

自己紹介を終え、三上さんから細かいルールの説明を受ける。一通り説明が終わると、2人だけの時間を作ってくれた。

「こうやって会うのは初めて?」

細い声だ。笑顔と声が心地よく入ってくる。40歳前にして肌のハリは20代のようだ。大きな目が印象的で、鼻筋が通りきれいな顔立ちをしている。

「はい、だから要領がよくわかっていません」

「私はあなたが2人目」

違う意味のことを言っている感じがして少し心臓が鳴った。

「趣味が読書と映画鑑賞なんですね」

加登谷さんが手に持った書類と祐樹の顔を交互に見る。

「はい、さっきプロフィールを見たんですけど、同じ趣味なのでうれしいな、と思って」

「どういう映画が好きなんですか」

よほど興味があるのか、加登谷さんの顔が近くなった。

「ちょっとありきたりかもしれませんが一番好きなのはゴッドファーザーかなあ、何回見てもいいです。でも、ほかにも見ます。クライムダウンていう映画があるんですけど、あれも何回見てもいいですよ。加登谷さんは?」

「私はスプラッター系ね」

なんだっけそれ、色々な映画のワンシーンが頭の中を駆け巡る。

「ドバーッって血が飛ぶ系ね、一番好きなのはグリーンインフェルノ。人が食べられる恐怖って普通じゃ味わえない」

大きな目が細くなった。その勢いに祐樹は少し身構えた。これはSMとは違うのか。

「あのー参考にお聞きしますけど、SMとスプラッターと似ていますよね」

「そうそう、私は似ていると思うわ。よく気が付いたわね。どちらも血が見たいとか痛めつけたいとか、そういう部分が先行しちゃうけど、実はもっと精神の深ーい部分が影響しているのよね」

加登谷さんの目が急に輝きを得た。

「もしかして、西澤さんも?SMとかを好まれてる?」

「いいえ、僕はちょっとその精神性までいきつかなくて、こうやって手をつねって、痛っ、とか言って喜んでいるくらいですかね、ハハハハハ」

自分でもよくわからなかった。

わけのわからないまま好きなスポーツや好きな食べ物など、お互いのプロフィールを確認するみたいな話をして時間が過ぎた。

「そろそろ時間だけどいいかな」

小一時間くらいすぎたところで、三上さんがノックをして二人の部屋に入ってきた。

「大丈夫ですわ」

加登谷さんが笑顔で答えた。祐樹も笑顔でうなづいた。

「じゃあ、次はどうします?次回からは2人だけで外で会うことになるんだけど。時間と場所は教えてね、それからその後、感想も」

「じゃあ来週の日曜日の午後はいかがかしら、場所はこの近辺ということで」

加登谷さんが積極的に話を進めた。三上さんが祐樹に顔を向ける。

「あ、はいもちろんそれで」

今日の話のままだとなんとなくSMを許容していると思われている気がした。早いうちに誤解はといておきたい。

相談所を出て、東京駅までの道のりを歩く。すっかり桜は散り、晴れた空から差す光が、道路わきの木々の緑を輝かせている。

休暇をもらってから2ヵ月が過ぎた、残すはあと1ヵ月だ。あっという間だった。残りの時間で自分は新しいパートナーを見つけるのだろうか。ふと千沙のことを思い出す。千沙は誤解をして出て行っているだけだ。離婚届は提出したみたいだが、千沙さえ許せばまだ元に戻れないわけではない。いつかは、こんなこともあったと笑い話になるだろう。まだ間に合うはずだ、時折そんな考えにとらわれる。

スマホを見る。もちろん千沙からの連絡はない。やっぱりだめかな、このまま進むしかないか。祐樹の中で後悔と期待が複雑にからみあったままだった。

2回目の顔合わせは無難に終わった。相談所の近くのレストランでランチをし、その後少し散歩をして別れた。もちろんSM系が苦手なことは加登谷さんに伝えたつもりだ。

加登谷さんと別れ、その足で三上さんに報告に行った。経過を報告すると同時に、日記を渡した。

「あれからどう?幽霊はでる?」

「おかげさまで怨念は消えたみたいです」

なんとなくだが、本当に何もなくなった気がしている。同時に体調も良くなったから、きっと精神的な問題だったのだろう。

「なに?これ」

三上さんが日記から顔を上げて祐樹に視線を投げた。視線を向けられると相変わらず痛みを感じるのは気のせいか。

「SMの件は誤解が晴れたようだから安心した」

三上さんが音読する。

「加登谷さんがSM好きみたいなので、取り込まれないようにと思って」

「奥さんと別れた理由。SMかー。でも一回やってみると悪くはないと思うわ」

そう言った三上さんが加登谷さんと同じ種類の目をしていた。

「で?次は来週なのね」

「はい、来週はディナーです」

「そう、うまくいくといいわね」

「そう、ですね」

本当にそうなのかはわからないが、しっかり前進していることは間違いない。もうすぐ仕事に復帰するから、それまでにはどうするか決めたいと思っていた。

日記 第13へ続く

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