出産体験記-入院とマミー-
病院に到着し、ベッドに横たわってしばらくすると陣痛らしき痛みが襲ってきた。
とは言え、まだ全然耐えられる程度。
モニターをつけて陣痛の具合をチェックしたり、トイレの場所などをざっと説明したり、病院から支給される入院準備品の入ったピンクの袋をバッと置いて助産師さんは慌ただしく去って行った。
「今日はほかに三人妊婦さんがいるのよ」
特に満月でも新月でもなかったのだが、お産が立て込んでいる日のようだった。
個室に取り残された私と夫。
「……俺どうすればいい?」
「喉乾いた……何か飲み物欲しい」
そうすると夫は外の自販機で、紙パックのマミーを買ってきた。
……今全然マミーの気分じゃねぇ……
ていうか、マミーなんて飲んだの小学生以来なんだが、何故マミー……
と思いつつ、とりあえず一口口に含みました。
濃厚な甘酸っぱい味。
カラカラな口の中を全てマミーが埋め尽くしていく。
「俺どうすればいいの?何時ごろ産まれそう?」
「知らないよ…でも初産だし、そんなにすぐには産まれないだろうから一回帰ってうちで寝たら……」
「いや、俺寝たら起きれないと思う。俺が寝てる間に生まれるとかならない?」
「だからそんなのわかんないって……助産師さんに聞いてよ……。とりあえず何かあったら電話するから電話出れるようにしておいて」
「それで大丈夫なの?電話出れないかもよ?俺いない間に生まれない?」
「だからそんなのわかんないってば。でもここから十何時間とかかかるって言うし、朝までには産まれないんじゃないの……知らんけど…」
夫はしきりにタイムスケジュールを聞いてくるのだが、正直それを一番聞きたいのは妊婦本人である。
これから始まるマラソンが5キロなのか10キロなのか、それとも100キロのウルトラマラソンになるのかもわからず、もう目前に確実にくる「人生最大の痛み」が迫っている。
正直他人(夫)のことなんぞ知ったことか状態なのだ。
そしてその間も陣痛は来ていて、さらに破水しているので股からジョロジョロ羊水が出てくるのでとても不愉快&不愉快なのだ。
この時私は夜用ナプキンを当てていたが、もうそれは軽々と容量をオーバーしてぐっしょぐしょになっていてベッドが濡れないかということもとても気になっていた。
夫はブツブツ言いながら、朝また来ると言い残して家に帰って行き、私は一人個室に残された。
シンとした部屋で、徐にトイレに入った。
この部屋は入院用の部屋ではなく、どうやら出産待ちの妊婦さんが入る一時的なものらしい。
そのため隣の部屋とトイレが共有になっており、中から鍵を閉めると両方のロックがかかるようになっているのだが、入る前にもワンアクション必要な構造になっていた。
ぼーっとした頭で助産師さんの足早な説明を聞いていたため、ドアを開けるのも鍵をかけるのもモタモタしてしまった。
隣に別の妊婦さんがいませんように…と祈りながら用を足し、不愉快MAXな下着をつける。
下着は既に股にベロクロがついている産褥ショーツに変えていたが、ナプキンは1つしか予備を持ってきていなかった。
ナプキンを変えたが、このままの破水スピードではすぐにまた容量オーバーになることが目に見えている。
ベッドに横になる。
陣痛アプリで陣痛間隔を測ると、10分おきになっていた。
陣痛も、普通に痛いレベルにはなっている。
何とか少しでも眠って体力を温存したい。
というかめちゃくちゃお腹空いた……喉乾いた……でも下着ぐっちゃぐちゃだから起き上がって買いに行く気が全くしない……喉乾いた……マミー全然飲む気がしねぇ……朝何時になったら夫来るのかな……あ、陣痛来たわ……痛い……喉乾いた……
余談だが、私は大学の時に合気道部に入っていた。一応黒帯である。
合気道で最も大事なものは呼吸である。
合気道の技は、明確な名前がないものはだいたい「呼吸法」と呼ばれるくらい、呼吸が大事なのだ。
陣痛に耐えつつ、とにかく呼吸を意識した。
そのうち、痛みが襲ってきた際に細く長く息を吐くと痛みがマシになることを発見した。
呼吸に集中していると、痛みに気を取られすぎることもない。
これがいわゆるソフロロジーというやつであることは産後に知った。
そういうものは各個人でどうぞ、というある意味ユル〜い産科なのである。
しばらくして助産師さんが再びやってきた。
「今夜は緊急帝王切開になった人がいて、バタバタしてるのよ。まだ羊水出てる?」
「出てます。すいません…ベッド濡れちゃいそうです」
「あら〜〜いいのよそんなの。あ、入院準備品の中に産褥パット入ってるからそれも使ってね」
え?
産褥パットって産後に使うものじゃないの……?
破水の時も使っていいの!!??
知らんかったーーーーー!!!!!!!!
助産師さんが去ってから急いで起き上がってピンクの袋を開けると、一番大きな産褥パットを取り出す。
破水時に
ってめっちゃ書いてあるーー!!知らんかった!!!!ていうかもっと早く教えてよ!!!!!!
下着ぐしょぐしょの懸念は去ったものの、やはり歩いて廊下にある自動販売機に行く気にはならずひたすら空腹と渇きに耐えていた。
先程助産師さんは「6時か7時には朝食が来る」と言っていた。
夫を待つより、病院の朝食の方が早いだろうか。でもやっぱり、夫には何か食べ物を持ってきてもらおう…。
陣痛の間隔は3分〜12分とあまり定まっていなかった。
とにかく夜が長い。
痛みと、渇きと、空腹に耐えながら、ひたすら夜が明けるのを待った。
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