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ちゃまがはしゃいだ日


昨年の6月、主人(別名・ちゃま)が入院した。脳梗塞だった。コロナ禍での入院は会うこともままならず、電話で話すのみで、果たしてどれくらい回復しているのか、本人や医師、リハビリ担当者の話から想像するしかなかった。3ヶ月の入院生活の末に9月に退院、おかげさまで後遺症も少なく日常生活になんら支障はない。


退院したあと、色々と心配事が出来た。私がパートに行く日中は一人で家の中で過ごす。初めの頃は私が昼休憩に様子を見に帰り昼ごはんの支度をしてまた仕事に戻る、という日々を送っていたがいくら職場が近いとは言え、さすがに私も少々疲れた。私や娘はお弁当を持って行くのでそのついでにちゃまのお弁当も作ろうかと言うと「いらない」と言うので、レンジで出来るチャーハンとかお好み焼きとか牛丼とかを、「自分で出来る?」と聞くと「出来る」と言うので、自分でチンして食べてもらうようになった。


おかげで冷凍食品に詳しくなり、スーパーで売られているチャーハンとかは、基本“2食分”なので袋から半分だけお皿に出してチンしなければいけないことを知った。私は生協に加入しているが、生協の冷凍ご飯ものはひとパックが一人分の量なのでとても良い。ちゃまのお気に入りは、最初はオムライス、これは袋に数ヶ所穴を開けて袋ごとチン出来る簡単さが良かった。毎週買っていたので飽きたのか、最近はオムライスよりチキンライスが好きみたいだ。卵が無くなっただけじゃんと思うが、チキンライス単品のほうがケチャップご飯がより美味しいらしい。最近一番驚いたのは、レンジで出来る冷やし中華だ。しかも、レンジで出来るのに出来上がりは冷たい。パックを開けたら凍った麺の上に氷が乗せてあり、チンした後も氷は残っていた。具も何種類か入っていたのでなかなか本格的である。


ちゃまは週に3回訪問リハビリの人に来てもらっているが、リハビリの人が来ない日も自分で散歩をするようにと言われていた。寒い間は体調にも気をつけるよう医師からも言われていたので私もあまり無理強いはしたくなかったが、朝私が仕事に出かけた時と同じ姿勢でソファに座ったままだったり、こたつに寝転んでいると息をしているのかと心配になったり、このまま生気が消えてしまうんじゃないかと思う日も少なくなかった。次女いわく、私は心配しすぎらしいが、倒れた日のことを思い出すと怖くなる。少し暖かくなってきたある日、私が仕事から帰るといつもなら流しに置いてある昼ごはんを食べた痕跡が無かった。


「あれ?今日お昼食べてないの?」
「食べたよ」
「何食べたん?」
「‥あじフライ」
「へ?‥あ、もしかして」


そう。ちゃまは、元気な頃によく行っていた定食屋さんまで歩いて行ってあじフライ定食を食べて帰っていたのだ。やっと一人で外に出る気持ちになってくれたかと、嬉しかった。


ちゃまには小学校の時からの友人がいる。大好きな囲碁の仲間でもある。入院中から電話やメールをしてくれていたようだが、退院後もちゃまはずっとその人からの連絡をスルーしていた。自分では、言葉がうまく発せられないことに恥ずかしさを感じていたのと、以前のように囲碁が打てなくなってしまったのではないかという不安からだった。私は言った。「こんなにお喋り出来るんだから全然問題ないよ。それに退院したばかりなんだから、囲碁が弱くなってたからってそれは病気のせいだなって皆思ってくれるよ。今なら囲碁で勝てなくても病気のせいに出来るし。」しかしちゃまは「もう少ししてから」の一点張りだった。もう少しって、いつなん?って、私はずっと思っていた。そのうちその友人は音沙汰のないちゃまに痺れを切らしたらしい。なんと、ちゃまの実家に電話をしてきたのだ。とても心配してくれてのことだった。義姉は、ちゃまのプライドが邪魔していることを理解してくれていたが、それ以降義母がうるさくなった。


「ちゃまは、〇〇くんに連絡したの?」
「ちゃんと連絡するよう、みとんさんから言いなさい」
「連絡しとかないと、友達なくすわよ」


‥分かっとるよ。分かっとるけど本人がしないというものを周りがとやかく言ったってどうしようもないじゃ〜んと、私は言い返した。あなたの息子はそういうとこ、頑固なんですよ〜と言うと「まあ、あの人はそんなに難しい人だった?」などととぼけたことを言う。義母が自分の息子を心配してるのは分かる。分かるけどもよ。私に言われてもどうしようもないじゃ〜ん。


そんなちゃまだったが、やっと、その友人に連絡をする気になった。「もう少ししてから」の“もう少し”が経ったようだ。良かった。ホッとした。友人も、ちゃまからの連絡を喜んでくれたようだ。早速一緒に飲みに行く約束をした。その日ちゃまは、午後早い時間からソワソワしていた。出かけるまでにはまだ時間があるからと、一緒に録画したビデオを観ていた時に、ふと私はちゃまの眉毛がピョーンと伸びているのを発見した。

「これ観終わったら、眉毛切らして」と言うと、
「これ観終わってからじゃ遅くなるから、切るなら今切って」と言う。
「え、遅くなるって、そんなにかからないよ?」
「え、だって今日は〇〇と飲みに行く日だから遅れたら困る」
「いやいや、まだ出かけるまでに1時間半もあるし」
「いやでも、まだヒゲ剃ったり歯磨きしたりしないといけない。そのうえ眉毛切ってたら遅くなる」
「用意にどんだけ(時間が)かかるんよ」


というわけで、ちゃまは出かける30分前にはきちんと身だしなみを整えて、ソファでソワソワしていた。全く、そんなに楽しみならもっと早く誘えばよかったじゃん。と、横に座ってちゃまの顔を見ながら私はホッとする。そして、ちゃまにスルーされてもずっと諦めずに待っていてくれた友人に感謝した。
持つべきものは、やっぱ友達だ。



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