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過去になりかけている人

4カ月くらい休職している▫️先輩の存在が日に日に大きくなっている。
夕陽が反射して真っ赤になった看板をバスのなかから見ているとき、納豆に米ぬかパウダーを入れて無心にかき混ぜているとき、大河ドラマのあんまり面白くない歴史説明の場面を見ているとき。
生活の端々に▫️先輩の影がチラつき、水に触れたときだけ微かに痛むささくれみたいな存在感で現れる。
毎日をどう過ごしてるんだろう。
私は優しくて開放的な人にすぐ懐いちゃう癖があって、▫️先輩が会社を辞めるなんてことになったら私はすごく悲しいと思う。
彼女を休職に至るほど疲弊させたクライアントの名前を街中で見かけるたび、感情が白む。

最近、3カ月くらい会ってなかった人に連絡したら、「久しぶり!」と言われてひどく驚いた。
私とは時間軸が全然違うんだ。
そんなに急いで私を過去にしないでほしいよ。だから私も▫️先輩を過去にしないし……

それでも私は社会人だし、成長しなければサラリーがもらえない身分で、過去を捨て置いて不安定な未来へ行かなくちゃいけない。▫️先輩を過去にしたくない私の意識と過去にしようとする私の体がバトって、▫️先輩の幻影が頭にチラチラと入ってくるんだろう。
居酒屋の隣の席で「見て見て」と人差し指につけた鉱石のリングを見せてくれた▫️先輩の顔は優しさしかなくて、祝福みたいなものを他者の顔から感じ取ったのは初めてだった。

フランスの哲学者レヴィナスは他者の「顔」を見ることによりその人が顔から語る思想の源泉を感じ取り、他者への尊重をする責任が生じると説いた。
かなり独特な哲学だけど、私は本当にレヴィナスに同意する。他人の顔は言葉より能弁だ。彼女の優しさを、言葉を超えて私は知った。

流浪に変化していくのが怖いから、私は記憶したい。
優しさや思いやりのかけらを拾い集めて記憶することで、過去になりそうなものも今にとっておけると思う。

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