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Stones alive complex (ammonite)


この個体は、いい感じの大さだな。
糸の量も熟練度も、かなり高そうだ。

彼は、指につかんでる幼虫がキュンキュン鳴いて抵抗しようがシルクの糸を束にして侮蔑のツバのように顔めがけて飛ばして威嚇してこようが、眉ひとつ動かさず。

アンモナイトほど丸まってない蚕とよく似た形をしていて、大きさは女性の握りこぶしくらいあるその幼虫の柔らかい背中は傷つけないようにしつつ、つかんでる手は緩めなかった。

広い工場の廊下を奥まで歩き、そこの開発室まで幼虫を運ぶ。

そして、
部屋の入口に積まれた藤のカゴをひとつ、片手で開け、逆さまに振ってホコリをはたいた。
桑の葉を敷き詰め、ふかふかのじゅうたんにして幼虫をそこへ落とす。
幼虫が急いで這い出ようとするときには、すでにフタが閉まっていた。

とりあえずの今のところ、
そこの居心地は、悪くないはずだよ。

少し緊張の面持ちで、彼はカゴを抱えて部屋へ入った。

部屋の高い天井には一面に複雑な幾何学模様が描かれているようだ。
窓が掛け布で覆われてるのと、最低限に抑えられてる薄暗い照明でよくは見えない。
ただ、複雑に交差する天井の幾何学図形の交点からは図形のパワーらしき紫色の火花が散っていて、カメラのフラッシュライトのように部屋全体の様子をチカチカな明滅で浮かびあがらせている。

そこの部屋の中央には、大きな人体模型が置かれていた。

それへ吹き付けられる大量の細長い糸が煙のようになり、絡みあう渦を作っている。
幾何学模様からの火花は、その糸の雲へ生命力を与えるかに電導して、雷雲の底光りをさせていた。

彼が運び込んだ幼虫と同じ種類の幼虫が、部屋にはあちこちに何匹もいた。
せっせと糸を吐き出し、人体模型が纏(まと)う服を直接縫い合わせ製造している。

というか。
その服と同時並行の作業で、中身の人体そのものをも、縫い合わせ作っているようだ。

まだ糸の厚みが薄くて向こう側が透けている人体は、時おり自分の完成具合を確かめようと手のひらを目の前に持ち上げ、透けてる眼球でじっと見つめる。

彼は忍び足でその作業場へ近づいてゆく。

幼虫たちは彼に気がつかず、服の縫製作業と人体の縫製作業をしながら、リラックスしておしゃべりを楽しんでいるようだった。部屋には、女子会じみたにぎやかなキュルキュルキューという声が満ちている。

彼は、先ほどの幼虫が入った大きなかごを抱え、作業場の中央へ進んだ。

彼が近づくと。
そのお針子たちは丸まってる背中を慌ててピンと立てお辞儀をし、おしゃべりをゆっくりフェードアウトさせて仕事に身を入れ始めた。
無駄口を閉じた分、吐く糸の量がぐっと増えてる。

お針子たちが縫っている人体は、背は女性の標準よりわずかに高く、ひょろっと長い首に小さな頭がくっついている。
下半身から上半身へと作業を進めているらしく、腰から下は濃い紫色のスカートとその中から伸びる細い足がほぼ完成していた。

上半身部分は身体と下着と洋服がまだ薄い布の状態で、そこにとりついてる数匹の幼虫たちが、黙々と糸を吹きつけ厚みを増やしている。

彼は藤のカゴを足元へ降ろし、
胸元で一所懸命に作業中の一匹を突っついた。

「ここ違う。
ブラの前後が逆だよ」

えっ?、と。
その一匹はビックリし。
ぐるりと下着の周りを一周して確認した後、彼へ(キュウキュゥゥ・・・)とやり直す旨を伝えて、ブラの糸をほどきはじめた。

彼女(人体)の頭の上には、黒いカラスの羽根が刺さった幅広な帽子(鋭意制作中)。
首にはコウモリのゴールドネックレス(鋭意制作中)を着けており、右手の指にはドクロの指輪(鋭意制作中)がはめられていた。

鋭意制作されてる彼女は、彼が顔の出来具合を覗き込むと、口角をゆがめて可愛らしく笑顔を作ろうとしたが。
その可愛らしさもまた、鋭意制作中(鋭意練習中?)といったところだった。

彼は、彼女のいちばん高いとこでダイナミックな黒髪のウェーブを熟練の糸吐き技術で縫っている、ひときわ大きな幼虫へと声をかけた。

「ほら。
君からの要望通り、増員の針子をヘッドハンティングしてきたよ。
ヘッドハンティングというのは、うちのライバル会社の魔女製造工場から、文字どおりに頭をつかんで狩ってきたんだけれども・・・
一般の言葉では、誘拐とも言う」

ひときわ大きな幼虫は、
御局様的な態度で、彼の足元のカゴの中でモゾモゾしてる新人の幼虫を、値踏みするように見下ろした。
すぐに頭の向きを鋭意制作中の頭髪へツンと戻し、
(なによ!増員って、一匹だけなのぉ!)
という意を表した。

「この子は、あっちより給料三倍出すって条件で、今から説得する・・・
きっと、うちへ転職してくれるはずだ!」

彼は、猫なで声になる。

「・・・こ、これからも随時、なんとか増員はしてゆくからさ。そしたらみんなのシフトも楽になってゆくよ!
だからこれの納期だけは、絶対に間に合わせてくれないかな・・・?
この新型魔女には、うちの社運がかかってるんだ」

ひときわ大きな幼虫は、ふーぃと息を吐くとともに糸を切り。
出来かけ魔女の頭部で背筋を伸ばすと、
(キーーーッ!!!!)
とかん高く叫んだ。
それは(一同注目っ!!)という意味らしく。
作業していた幼虫たちは、いっせいに手(口)を止め、ひときわ大きな幼虫と彼に頭を向ける。

両手を合わせ、彼は必死な声で拝んだ。

「・・・だ、だ、だから!
働きやすい職場環境になるよう、経営者としてボクが責任をもって待遇を整えてゆくから!
このタイミングでストライキだけはどうか勘弁してくれお願いだ、組合長っ!!」

(おわり)

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