LSD《リリーサイド・ディメンション》第28話「白百合の剣」

  *

 アリエルは断罪《だんざい》の壁《かべ》で戦闘している銃士たちの後ろにいた。

「わたしは風《かぜ》のエルフです。なにもできないわけがない。今までウィンダさまにされたこと……それはわたしの力を制御するためのもの。つまり、ウィンダさまはわたしに嫉妬していたのです。それを知らずにわたしは……自分を信じ切れなかった」

 わたしは自分のなにかが抑えつけられているような、そんな感覚だったのです。

「――わたしはチハヤお姉さまに教えてもらったのです。わたしはわたしを信じていいんだって! だから、わたしは呪縛の鎖を解き放してみせます!!」

 呪いは自分を縛り付ける空想《イメージ》だ。その空想《イメージ》を解放する。この世界も、わたしの心も。

「チハヤお姉さまとの婚約指輪……いえ、風玉の指輪エア・エメラルド・リングよ! わたしのすべてを解放するのです!!」

 風玉の指輪エア・エメラルド・リングは応えた。

 想いの力は世界を超えるものだって。

「皆さまに覚醒した『風の力』を付与します。チハヤお姉さま! 聞こえますか!!」

 風玉の指輪エア・エメラルド・リングの緑色の光は、ここで戦う騎士たちを包むように……本物の風を授けようとしていた。

 みんなと一緒に……。

「なら、これを使え! 転送するぞ! アリエル!!」

「これは……空想の箱エーテルボックス? ならば、開錠《かいじょう》します!!」

 アリエルは風玉の指輪エア・エメラルド・リングの能力が付与された空想の鎧エーテルアーマーを着装《ちゃくそう》する。

「これが風玉の鎧エア・エメラルド・アーマー! いきますよ、皆さま!!」

「――ああ、アリエルにも魂の結合ソウルリンケージだ! オレの情報に飲み込まれるなよ!! ……よし、これで……風帝《ふうてい》に対抗できるだけの力が備わった。風《かぜ》のエルフによる本物の風の能力を付加する。これで風家臣《ふうかしん》の『風』にも、よりよく対抗できるはずだ」

 属性付加《エンチャント》、風精霊《エア・エルフ》の風《かぜ》……これで勝てる。

「マリアン、メロディ、ユーカリ……風家臣《ふうかしん》を倒せ。そして、アスター。オレと……魔帝《まてい》を倒しにいくぞ!!」

『了解!!』

 ――今日は、よく風を感じる戦いの日。

 アリエルの覚醒は百合暦《ゆりれき》二〇XXにせんダブルエックス年五月八日になった瞬間だった。

 魂の結合ソウルリンケージ……いや、真・魂の結合トゥルース・ソウルリンケージをおこなっているのだ。

 なのに、今……魔帝《まてい》にダメージを与えられないのはおかしい。

 それに突如、あのゲームと同じような声が聞こえ始める。

 ――おい。

 ――おまえの、その剣は、なんのために百本も作れると思っているんだ?

 ――頭を使え。百合の言葉の意味を、思い出せ。

 ――百合《ゆり》の剣《けん》は百本の剣の中の一本だ。

 わけわかんねえ声はオレに自身の心器《しんき》である百合《ゆり》の剣《けん》について説明してくる。

 ――百合《ゆり》の剣《けん》を一合《いちごう》の剣《けん》として使っているおまえに魔帝《まてい》を倒すことなどできない。

 おまえはなんなんだよ。オレ、魂の結合ソウルリンケージしているから、おまえの声はみんなに筒抜けなんだけど。

 ――残念だったな。これはおまえの精神に語りかけているだけに過ぎない。今、この瞬間でさえも。この声は百合世界《リリーワールド》の概念とは違うベクトルで再現されている。

 ――おまえに響くこの声は役割なのだ。おまえに真なる百合《ゆり》の剣《けん》の力を発揮させるための……な。

 真なる百合《ゆり》の剣《けん》の力……だと?

 ――ああ、一合《いちごう》の剣《けん》を統合するのだ。百合《ひゃくごう》の剣《けん》として。

 百合《ゆり》の剣《けん》の統合……?

 ――その剣がいつまでたっても灰色で、百本に分離したままで、花言葉《はなことば》も使えない。心器《しんき》の使い方を……な――。

「――チハヤお姉さま、チハヤお姉さま! チハヤお姉さま!! よかったです! 目を覚ましました!!」

「……アリエル、か?」

「はい! わたしもこの空想の鎧エーテルアーマー……風玉の鎧エア・エメラルド・アーマーの力で空中浮遊ができるようになりました! だから、わたしは戦場で気絶しているチハヤお姉さまを助けに来たのです!!」

「今、どんな状況なんだ?」

「マリアン女王さま、メロディさま、ユーカリさまが風家臣《ふうかしん》と交戦中です。それとアスターさまは銃士たちを率いて魔帝《まてい》と交戦中です」

「そうか……ありがとな、アリエル」

「いいえ、わたしはまだ、皆さまのお役に立てておりません」

「いや、気絶したオレの面倒を見てくれただけで十分だ。――今からオレに与えられた心器《しんき》……百本の百合《ゆり》の剣《けん》を統合する。アリエルは魂の結合ソウルリンケージでつながっているみんなの属性付加《エンチャント》を続けてくれ」

「統合? が、よくわかりませんが……チハヤお姉さまを信じます。わかりました」

 よし……今から統合を始める。

Dimディム Lily・リリー As・アズ Sword・ソード

 百合《ゆり》の剣《けん》の構成するための第一のコードだ。どんな型にするかを決める。これはという型を構成するときのコードであり、心花《しんか》である「百合《ゆり》」をどのような形にするかを決める。

Lilyリリー =・イコールサイン・ My.マイ・AetherForce《エーテルフォース》」

 これは第二のコード。心花《しんか》の「百合《ゆり》」は自身に宿る空想力によって形成されるよ、という意味だ。「百合《ゆり》」という箱を空想力《エーテルフォース》で満たすのだ。

AetherBoxエーテルボックス(Lily・リリー・).Activateアクティベート

 これが最後に記述される第三のコード。空想の箱エーテルボックスの中にある「百合《ゆり》」をアクティブ化する、という意味だ。つまり、「百合《ゆり》」の空想の箱エーテルボックスを起動して、百合《ゆり》の剣《けん》を顕現させるための重要なコードだ。

 この三つのコードが百合《ゆり》の剣《けん》を形成する。

 これを百本空想《イメージ》し、さらにひとつの存在へと統合させる。

 ……あえて言うが、この知識はユリミチ・チハヤであるオレ自身の頭の中に最初からインプットされているものであり、プログラミングについて学んだ、というわけではない。

 オレもなんとなく考えるだけで頭に浮かんでくるんだ。

 だから、この知識は忘れてしまってもいい。

 ただ、少しプログラミングについて理解できるのであれば、おおよそのイメージは着くだろう……と、オレは思いたい。

 空想の箱エーテルボックスは、こういう仕組みでできていることを理解してほしかったのだ。

 考えるな、感じろ。

 まあ、そんなことを誰に向けているのかわからない考えをグチャグチャさせている間に……できた。

 あとは、統合した空想の箱エーテルボックスを開錠《かいじょう》する。

「――咲《さ》け! 白百合《しらゆり》の花《はな》よ! 空想の箱エーテルボックス、開錠《かいじょう》! 来《こ》い! 心器《しんき》――白百合の剣ホワイトリリーソード!!」

 これが百合《ゆり》の剣《けん》百本の力を統合した純白の剣……「白百合《しらゆり》の剣《けん》」だ。

 かつてフラワーデバイス・オンライン《Flower Device Online》のラスボス戦で勝利したときに現れた純白の剣に似ている。

 まあ、それがこれであるという保証はない……いや、絶対にある。

 やっぱり本物のはず。

「この風家臣《ふうかしん》、全然びくともしませんわね!!」

「でも、こいつを倒さない限り魔帝《まてい》攻略がスムーズに行きませんよ!!」

「あたしも、そう思いますです!!」

「聖母黄金花《せいぼおうごんばな》の剣《けん》の重力圧縮《グラビティ・コンプレッション》に耐えるなんて、なんて強靱なのかしら……」

 マリアンが弱音を吐くと。

「みなさん、お待たせしました!!」

「――アリエル! どうして、ここに!?」

「属性付加《エンチャント》を強力化するため、ですよ。それに気づきませんか? 復活した、あの方の気を……」

「復活……ですって? まさか……」

「……ああ、史上最強の間男、後宮王《ハーレムキング》であるオレ、ユリミチ・チハヤの復活だ!!」

『チハヤお姉さま!!』

 メロディとユーカリは声を揃える。

「……というわけで、どいてな。この新しい心器《しんき》、白百合《しらゆり》の剣《けん》の力を使わせてもらうぜ!!」

 空想《イメージ》に空想《イメージ》を重ねて空想《イメージ》するんだ。重層であればあるほどいい――。

「――百《ひゃく》合《ごう》波《は》刃《じん》!!」

 この技は、ただの斬撃ではない。斬撃の波動だ。

 切れ味を持った波が形となって衝撃を与える。「斬《ざん》!!」と肉を切り落とすように。

 この攻撃は魔帝《まてい》、風家臣《ふうかしん》三体にダメージを与えた。

 風家臣《ふうかしん》は斬撃の波動で真っ二つに切れた。縦にも横にも縦横無尽に。

 百ヒットの攻撃、それも百本分の「百合《ゆり》の剣《けん》」の力を使っているのだ。

 そうなっても仕方がない。

 純白の光の斬撃が風家臣《ふうかしん》三体を閃光の世界に誘うように――粉々になって、消えた。

「わたくしたちが苦労して戦っていた風家臣《ふうかしん》が一瞬で……」

「その剣は、いったい……なんですよ?」

 メロディの質問にオレは――。

「――白百合《しらゆり》の剣《けん》だ。オレが使っていた灰色の百合《ゆり》の剣《けん》はマガイモノだったんだ。本当の百合《ゆり》の剣《けん》は、これだったんだよ」

「……なるほど、ようやく手に入れたか」

「……魔帝《まてい》」

「これでオレも全力が出せるというわけだ。これがオレとおまえの最後の戦いになる。全勢力をもって、たたきつけてみろ。こちらも全力で応えてみせる」

「なら、魔帝《まてい》よ。チュートリアルは終了ってことだな。オレたちは、やってやるさ。この世界を救う、最初の戦いとして……おまえを倒す」

 互いに見つめ合い、剣を構えた。

 最後が始まる。

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