みわこ

徒然なるままに

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  • 『一陣』

    中編小説『一陣』の連載です。江戸末期、秩父の一揆を発端に烈しく悲しく生きる女性と、それを見つめる者たちのお話です。

  • 夢一夜

    見た夢を忘れられない時、取り留めもないショートショートにします。

最近の記事

芸術に愛を

音楽は時間芸術、では文章は? テクストは読まれることによって初めて成立する。作者からの一方的なメッセージに見えて、実は読者との対話なのだ。 かげろう、カゲロウ、蜉蝣、蜻蛉日記。 あの揺らめく地平線を見て、藤原道綱母の心情を思い出す。文章表現は生活に散りばめられ、視覚に彩色をし、嗅覚にスパイスを加える。 言葉とは人間が社会的動物であるために生まれたツールでもあるが、自我を見つめるために活用される針でもあると思う。 そのまやかす力は荒波の中で一片の板になる。 私は文章が好きだ

    • 喪失の特権

      マイナスなことは無い方がいい。 負の感情は出来るだけ脱ぎ捨てて、軽やかに生きていたい。 そう思ってしまう時もあるけれど、人生には喪失の特権がある。 街並みがセピア色に見えたり、ふと去年の匂いを感じたり、後ろ姿を見間違えたり、捨てられない片方だけになったピアスみたいな、哀しみを抱いているのも悪くないのではなかろうか。 そういう切なさを何かで上塗りして良いのだろうか。 それって実は、とっても勿体なくない? 刹那的な大波に押し流してしまいたくもなる。一時の感情で溺れてしまいたく

      • 共感と保身と傲慢

        私は人に興味がある。 私とは違う人間ーーそれは全ての人達だが、彼ら彼女らがどんな信念を持ち、どんな心情で間違いを犯し、どんな贖罪を望んでいるのか。 何を愛するのか。何をどう愛するのか。何も愛さないのか。愛とは何なのか。 全てに疑問がある。 人間への知的好奇心は尽きない。 私はよく人の話に共感するが、例えば正反対の2人の人間の話にも、どちらにも共感してしまう。だってどちらにも理由があり、理解できるから。 でも、それは八方美人の保身でもあるし、自分がさも上手い聞き手であるかのよ

        • 「遊歩者」『パサージュ論』(ヴァルター・ベンヤミン)について

          「遊歩者」『パサージュ論』要約と考察1,「遊歩者」とは まず、ヴァルター・ベンヤミン(1892―1940)が言うところの「遊歩者」(flaneur)には次の三つの性格がみられる。[1] i) 遊歩者は群衆に紛れるが、一方で群衆の一人ではない。そうして集団とは一段違う立場から批判的な視線を周囲に向け、思考に耽る。 ii) 遊歩者は自在に群衆の中に溶け込み、都市の中に自由に入り込むことが出来る。 iii) 遊歩者は街中のあらゆる事象を観察し、解釈し、その断片

        芸術に愛を

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        • 『一陣』
          6本
        • 夢一夜
          1本

        記事

          愛は尊いだとか

           幻想だよ、って思ってしまう。  執着だし醜いし苦しみだしエゴでしょう。理性とはもっともかけ離れたところにある感情だと思う。でも、それは「先生」が言うように「罪悪」だろうか。  なにかと合理性が求められ、健康管理すら外注し、自分で選択するということがどんどん減っていくこの世の中。伊藤計劃の『ハーモニー』のように、AIが指示する生活を送る日も近いのではなかろうか。  そんな中で、人を愛するということは、もっとも非合理的で人間性の発露でもあると思う。芸術に通ずるものがある。

          愛は尊いだとか

          『一陣』第五章

          (前回はこちら) 第五章  上尾宿から中山道をずっと、後ろをついてくる女がいる。いや、江戸を目指すならこの街道しかないのだから、「ついてくる」という言い方は正しくない。ただ一定の歩幅があってしまっているのか、つかず離れずずっと背後にいるのだ。まだ若い尼僧はいささか気まずい心持になっていた。常ならば向こうから軽い挨拶をしてきたり、旅は道連れ、なにがなし話に花が咲くようになり説法の皮をかぶった旅話をしてやったりするものだが、当の女はひりついた空気を纏い、ただ江戸への道しか見え

          『一陣』第五章

          親友であり恋人であり

          相棒でもある存在について書こう。 その人と出会ったのは子供の頃。最初は怖くて怖くて仕方なかった。だって私から大好きな人を奪っていってしまうから。意地悪だって思うでしょう。でもそれがしょうがない事なんだって、いつの間にか理解出来たと思う。人は誰しも受け入れなきゃいけないことに直面する時が来るし、どうにかこうにか乗り越えて、もしくは乗り越えられず重石として抱えて生きていく。 その人に温もりを感じるようになったのは、高校生の頃だったと思う。一人でいるとふらっと現れて、何となくそば

          親友であり恋人であり

          スタートラインはドトール

          初めて行く場所って緊張しませんか。 初めてじゃなくても、誰かと待ち合わせとか、まあとにかく予定があって行動するの、私は時間配分がめちゃくちゃに苦手である。 遅刻する方では無い。 下手したら一時間前行動あたりまえ。 そんなわけで今、有楽町のドトールでココアを飲んでいる。ぐずぐずに崩れたクリームが乗っかって出てきたけれど、別に気にしない。どうせ混ぜて飲むし、そもそも猫舌だから飲む頃には溶けてるし。 ドトールに入った理由は簡単、喫煙ルームがあるから。 「〇〇 喫煙可 居酒屋」

          スタートラインはドトール

          『一陣』第四章

          (前回はこちら) 第四章  豊五郎が捕まった、そう聞いたのはあれから一月以上経ってからの事だった。やっぱり、と、思った。父は皆に慕われていた、きっと皆の分まで憤るし、皆の分まで声を上げる。そういう人だからだ。だから尊敬していた。でも危うくも思っていた。死罪になるのだろうか。悪いのは俺たちを先に苦しめたお上の方なのに、そんな彼らに裁かれるのか。一揆は成功したと聞いているし、なにやら他の地も呼応するように騒がしくなっているらしい。父は偉大だ。なのになぜ裁かれる。行き場のない怒

          『一陣』第四章

          『一陣』第三章

          (前回はこちら) 第三章  中山道、熊谷宿の近くにある茶屋は繁盛していた。老夫婦が遅くにもうけた娘が店先に立つようになってからは、殊更に。娘は十六になる。名をお通という。お通は行き交う旅人を見るのが好きだ。自分はここを出ることはないが、立ち寄る幾人もの旅人を見ていると、共に津々浦々を旅しているような心地になれる。彼らの喉を自分が出す一杯の茶が潤す。自分の愛想が彼らを癒す。お通は自分の容姿が頭一つ抜けていることを自負しており、それを商売にも惜しみなく発揮していた。老いた両親

          『一陣』第三章

          手を伸ばせば星屑の泡

          約2週間ほど鬱の波にさらわれて、今やっと浮上出来たところ。 沈みゆく中で伸ばした手を掠める、星屑のような吐き出す息。今も相変わらずなんとか波間の板にしがみついているようなものだけど、そんな中で思い出したのは卵焼きの味。 鬼籍に入っている祖父の作る卵焼きはすごくシンプルで、たまに醤油を入れすぎて少ししょっぱかった。でも、私が好きなのを知っていたから、祖父母の家に行くといつも作ってくれた。 祖父の夕飯は早くて、夕方頃から晩酌を始めていた。ついでに作ってくれた卵焼きは私のおやつ代

          手を伸ばせば星屑の泡

          世を切り裂いて歩く

          樋口一葉(明治28ー29年)『たけくらべ』(文学館雑誌社)  『たけくらべ』は、苦界(遊郭)の中で生きる美登利と少年の淡い時間、いつまでも子供ではいられない残酷さ、それを、一葉が”女性として”描いた一作である。”女性として”、というより、”女性として生きる自分をそのままに”、と言った方が適切かもしれない。   一葉は、連帯意識のような眼差しで苦界に生きる女性たちを描いた。美登利に対する姿勢は、同情や憐憫より、もっと真っ白に同化したものだと感じる。若くして一家の大黒柱を務め

          世を切り裂いて歩く

          路傍の活動写真

           ああ、あの立て看板に誘われたのは、果たして私の意志か、もしくはもう一人の私が導いたからなのか、それは本当に「私」なのか?考える私の頬に、冷たい土が落ちた。仰向けで土の底、天高く弧を描く鳶、残酷すぎる対比に、もはや口角が上がる。  土に続いて落ちてきた雫が、父の汗か涙か、私に判るときは来ない。  草履を忘れた。いや、取りに行く余裕がなかった。裸足で駆け出した街、豆腐売りが怪訝な視線を向けてくる。あなたに私はなにかした?きっ、と視線を向けると、気まずそうに目を逸らした。道行

          路傍の活動写真

          『一陣』第二章

          (前回はこちら) 第二章  「豊松、秩父の一揆のことは聞いてるかい。」 俺はその言葉で郷里の騒乱を知った。おかみさんは優しい人で、家族の安否を尋ねてやろうかと聞いてくれたが、俺はなぜか断ってしまった。たぶん、父は中心人物だ。そう直感した。豊五郎、豊五郎と皆に慕われ呼びかけられる声がこだました。俺はそんな父が誇らしかったが、年毎に上がる年貢に怒りをあらわにする父を見ていると、なぜだが胸中が騒めいたのを覚えている。次男坊の俺をここ江戸の大きな呉服屋に奉公に出したときも、「

          『一陣』第二章

          夢一夜 #1

          バレンタインとカセットテープと掴んだ髪  殺さなきゃ、殺さなきゃ。 「Valentine, my decline. Is so much better with you…」 髪を鷲掴んだ左手が震える、すみれ色の長髪が蛇のように絡む。  早く、早く、早く。 「Valentine my decline. I'm always running to you….」 少女は直視できなくて、切れた蛍光灯を見上げながら、止めどなくあふれる涙を首に感じながら、右手をぎりぎりと何度も何度

          夢一夜 #1

          『一陣』第一部第一章

          (前回はこちら) 第一章  膝を抱えた手が震える。じっとりと汗がにじむが、震えが止まらない。今が昼なのか夜なのか、夏なのか冬なのか、暑いのか寒いのか、何もわからない。全てがあまりにも生々しく、かえって夢の中のようだった。 怒号は止まない。女中はみなあいつらに組した。父は殺されたのだろうか。母は、妹は。父は望んで大庄屋になったわけではない。祖父もそうだった。だが祖父と父との違いは、大庄屋が時によっては恨まれる仕事であることを熟知していたか否かであった。年々重くなる年貢を、父

          『一陣』第一部第一章