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’’出会ってしまったから’’というはじまりのファンファーレに夜明けを感じて。

マチネの終わりに、もう一度、いや、何度でも観に行きたい。

「出会ってしまったから、その事実をなかったことにはできない」

この蒔野のセリフが耳にとけたとき、私の中の時が止まった。

大事な人と出会った、あの瞬間に引き戻された。



出会ってしまったから、、という表現にしかならない感情を掘り起こされた。だって、出会ってしまったんだもん、このことを、なかったことにはできないの。つまりは、’’たいせつ’’なんだということを伝えたいんだ。


偶然であり、もう今では必然であったのだと思える。


そんな偶然と必然という言葉の感覚の間を行き来するような言い表せない感情と感覚に寄り添ってくれる言葉が’’であってしまったから’’という言葉だ。



出会ってしまったから’’というはじまりのファンファーレ

出会ってしまったという感覚から始まるスタートはファンファーレが鳴り響く、そんな感覚だ。
何か、大きな流れの予兆だ。
良くも悪くも、何かが大きく動いた瞬間に、
この’’出会ってしまった’’という言葉が降りてくる。

皆、この〇〇になってしまったなどという、’’しまった’’という感覚から、何かをはじめゆくのかもしれないと思う。


’’しまったから’’という理由はなんだか、愛おしい、うつくしい。


’’出会ってしまったから’’というはじまりのファンファーレが聞こえたんだ。





私は出会ってしまったの、今日という日に、あなたという人に。

私は知ってしまったの、この世界は既に美しいということを。

私は見てしまったの、あなたが鶴の姿ではたを織るすがたを。



’’しまった’’という事実を私たちは’’なかったことにできない’’。

それがリアルな手触りなんだと思う。



’’しまった’’ことを’’なかった’’ことにできる世界、領域がこの何十年かで生まれた。

文字は書く時代から、打つ時代へ。
書き間違えるのではなく、打ち間違えるものへ。

デリートキー ひとつで’’なかった’’ことにできる。


’’なかったこと’’にされることを感じる瞬間がたくさんある世界じゃなくて、
’’しまった’’を、受け入れて進んでゆける世界へ。


’’なかったこと’’にされるものが、なくなっていきますように。

そんな願いだ。


マチネの終わりに。あの蒔野のセリフを耳にした時、
私は祈っていたんだと思う。

’’なかったこと’’にされませんように。
私の中にある、たいせつな事実が、
これまでもこれからも、ただそこにあってくれますように。
誰かや何かにの存在によって、傷つけられませんように。



’’しまった’’という過去は繊細だとおもう。

’’した’’という過去よりも...  そんな感覚だ。



’’なかった’’ことにできない、そんな瞬間は、
どこかつらくも愛おしい、
生きている。と感じる瞬間のひとつだと思う。


「”こう思った’’という実感」を、
「あなたの中での事実」が、   ’’なかった’’ことにされませんように。

誰かのたいせつな存在が’’なかったこと’’にされませんように。


そんな祈りをこめて。





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’’しまった’’という過去を抱きしめていきたい。



その過去が悲しみや怒りに変わりそうなら、
抱きしめ切りたいとおもう。

感じないふりをしないで、いっぱい傷ついて、癒すの。

その過去が憎しみに変わりそうなら、
偶然と必然のあいだで、手放して。その事実をしっかりと受け入れるの。


その過去はたいせつだから。
抱きしめていいの。だれの許可もいらないの。

手放したっていい。




’’出会ってしまった’’
私たちはそのファンファーレの下、なにかのはじまりを予感する。


夜が明ける。













そんな繊細な過去が
今、そして未来のファンファーレになりますように。


今日 願いをこめて。









今日の音楽:Fight Song _Rachel Platten




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