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読書感想文〜『一年ののち』林真理子

林真理子さんの本は昔、すごく読みました。
お洒落なベールで欲望を隠したり露わにしたりしている女性たちが主人公のことが多く、描かれる女性の強さやしたたかさがクセになってました。

『一年ののち』
この話は、何人かの作家の短編が載った本の中にありました。
映画になったお話でもあります(『東京マリーゴールド』)。
かなり昔に読んだのですが、異常に記憶に残っているお話です。
なんせ昔に読んだので、登場人物の名前も覚えていないのでそこは調べて書きます。このお話は感想を書いていくとネタバレレベルになると思います。
どうかご了承ください。


エリコがコンパでタムラと出会う。ぱっとしないタムラには海外に留学している美人の彼女がいる。
「彼女が帰国する1年後までしか付き合えない」と言うタムラ。
タムラに恋したエリコはそれでもいい、と承諾し、期間限定の交際が始まるが…。



1年という限定期間が終わる前に、エリコはタムラの友達にばったり会い「タムラは彼女が好きで追いかけていたけど、彼女は相手にしてなかった。付き合えるわけないよ」という話を聞きます。
タムラは嘘をついていたんです。
その話を聞いたエリコは「寂しいもの同士では本当の恋はできない」と、次の出会いに踏み出します。

読んでいて清々しいほどの気持ちの切り替え方でした。
虚構を纏った男と、その虚構を愛した女では恋愛はできない、ということでしょう。

タムラは、自分の希望(手の届かない彼女と付き合いたい、という希望)を現実の話であるかのように出会ったばかりのエリコに話しています。
つかの間でも空想を口に出すことによる陶酔感。
そんな理想の彼女がいると思ってもらいたい虚栄心。
本当はぱっとせず、友人にも軽んじて話されるようなタムラは、劣等感を持っていたと考えられます。
そんなところに現れた、少し自分に興味を持っているエリコに空想を話し、そんな自分に好意を持ってもらうことは、タムラに気持ちよさを与えたのではないでしょうか。

エリコからタムラを好きになりましたが、本当の意味で「好きになった」のではないと思います。
遠方に素敵な彼女がいるタムラ。
1年の間だけしか付き合えないタムラ。
エリコは手に入らないものは価値があるという思い込み=バイアス(思考の偏り)があり、『タムラは価値のある魅力的な男』と推測したのだと考えます。
また、タムラはエリコが理想とする学歴であり、その点もエリコにとってはとても大きな魅力でした。
肩書きに重きを置いて惹かれる人は多いと思います。

そして、1年後の別れを覚悟しながらの恋愛は『辛い場所に身を置く自分』というものへの陶酔もあったかもしれません。
もうひとつ、1年の間にタムラが彼女より自分を選んでくれるのではないか、という期待…会ったこともない”タムラの彼女”に勝って優越感を得たい、という気持ちもあったのだと思います。


動物は『快』➥気持ちがいいこと、快楽、快感 を求めるものです。逆に『不快』は避けようとします。
ひとももちろん同じで、タムラはエリコといるときは自分が思い描く”現実ではない虚構の自分”を演じる『快』、そんな虚構の自分に好意をよせてくれるエリコを見る『快』。承認欲求が満たされる『快』。
エリコは悲劇の自分への陶酔の『快』、彼女に勝つ『快』、高学歴の男性とつきあう『快』。

特に恋愛はたやすく『快』を得ることができる行動だと思います。
ただ、相手の本質を見極めて、お互いに誠実に関わることができないと、その『快』は簡単に消えていくのではないでしょうか。

そして恋愛は、相手からの好意や、周りの人たちからの賞賛で承認欲求が満たされる面ももちろんありますが、承認欲求ばかりではいい恋愛にはなり得ません。
エリコの「寂しいもの同士に恋はできない」という言葉にはそういう意味もあったと思います。

昔の本なので新刊はないみたいです。
興味のある方はぜひ。





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