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人生に非日常的愉楽を一匙

 5ヶ月ほど前、Kバレエの『蝶々夫人』公演を観る機会に恵まれました。Kバレエ、そう、かの有名な熊川哲也さん創立のバレエ団。

上野の東京文化会館、中に入るのは何年ぶりだろう

 プロのバレエ公演は全く馴染みがなかったので、ロビーに足を踏み入れた途端、うわ人めっちゃおる…(しかもなんだか皆大変お洒落)と面食らいました。しかし5階席まである大劇場でチケットほぼ完売というのだから、この賑わいもさもありなんです。

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 公演当日までの間に、バレエや熊川哲也さんのことを少し予習して、といってもいくつかのバレエ団ホームページやyoutubeを眺めたり、ダンサーさんのSNSみたり、ダンスマガジンを図書館で借りたりという程度ですが。あとは熊川さんの著作も読んだ。このへんとか。

 熊川哲也さん、人生のスピードとスケール感が異次元。常に新たな扉を開けまくっておられる。

 そんな中、noteで記事を書かれているKバレエのダンサーがいらっしゃるのを知りテンション爆上がり。
Kバレエ ファースト・ソリスト吉田周平さん。

 丁寧で明るいお人柄がうかがえる記事をこつこつ拝読するうち、すっかりファンになりました。吉田周平さんは私が観劇予定の日に蝶々さんの幼なじみ”ヤマドリ”役を踊られるのだと知りワクワクが止まりません。

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 バレエといえば、舞台は欧風お城、ふんわりチュチュのお姫様、タイツの王子様、マントの王様王妃様、魔女とか魔王が出てきて呪いをかけ…なんていうのを思い描いていたのだけれども今回のプログラムは『蝶々夫人』。舞台のメインは明治期の日本で、登場人物の出で立ちは和装も多い。和装でバレエ、いったいどういうものなんでしょう。

 オープニングでオーケストラの音が響いた瞬間、涙が込み上げ、うっ、と声が漏れそうになるのを堪え、そんな思いもかけぬことに我ながら驚いて、そこからは1幕2幕あわせ2時間以上のプログラムが本当にあっという間でした。

 バレエの振り付けやテクニックの知識は皆無だし、オペラ『蝶々夫人』もざっくりなストーリーと「ある晴れた日に」しか知らないので、それについて語る術はないのだけれど。でも、初めてみた全幕バレエの舞台は、ダンサーのパフォーマンスやオーケストラだけでなく、衣装、セット、照明、すべてが緻密で贅沢で美しく何から何まで衝撃でした。

 なかでも『蝶々夫人』1幕2場、遊郭のシーンは格別だったと思います。バレエで花魁道中をこんなふうに表現するんなんて!凛と立ち上がり歩みを進める花魁の動きは決して派手では無いのですが、上半身、頸から肩腕指先までのしなやかさ艶やかにゾクゾクしました。足もと、トウシューズが高下駄に見えるのだから不思議。優美で華やかで…感嘆のため息。

 さらに、ヤマドリ役の吉田周平さんもとても素敵でした。和装の書生姿で溌剌と登場し、跳ぶ跳ぶ回る回る。キレッキレとはこういうのをいうのかしら。蝶々さんと手をつないで幼なじみなのーというしぐさ、”少年少女”のような無邪気さは、その後の鬱展開ストーリーとの対比で尚更印象に残ります。蝶々さん、選ぶならヤマドリだって、ピンカートンなんかやめてこんなに真摯に想ってくれるヤマドリと穏やかであたたかな未来を築いたほうが〜、と求婚のシーンではぐーっと念を送ってましたが…。ああ、切ない。

 はあぁ…いつの間にか、どの瞬間も逃したくない一心で感覚全開、すっかり"持ってかれて"ました。

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 私の好きなものの一つに野球があり、なかでもプロ野球はシーズン中、DAZNで配信される贔屓チームの試合をほぼ毎日のように見て、なんだかんだ月いちくらいは球場観戦(主に神宮球場)に赴いています。私にとって野球観戦は、なんとなくずっとそのへんにあってくれる日常の楽しみであり、ずっとそばにあって欲しい幸せであるのです。

 でも、初めてのバレエ公演は観ている時も観た後も、まったく知らない世界にトリップしてしまったかのような強烈なインパクトがありました。現実では無いような、夢の中にいたような2時間余りの非日常。

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 で、バレエ観劇という楽しみにすっかり気を良くした私は、その後まんまとKバレエ『眠れる森の美女』(10月)、『くるみ割り人形』(12月)のチケットを購入してしまったわけです。今度は、欧風お城が舞台だったり、お姫様、王子様、王様王妃様、魔法とか妖精とか花とか動物とかばんばん出てくるファンタジー、まさにバレエらしい演目で、興味津々。

 Spotifyでそれまでさほど興味がなかったチャイコフスキーの組曲を流し、このお仕事がんばったら観劇用に新しいワンピース買っちゃうかなんて妄想したりして、一匙の非日常を心待ちにするのは良き日々なのです。


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