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ファーストワンとオンリーワンの演芸マンガにあるもの:『ひらばのひと』と『あかね噺』


(※ネタバレ注意)


ひらばのひと

「講談社って出版社あるだろ? あれだって講談の本で儲けたからの社名なんだぜ」

久世番子『ひらばのひと 1』P13

 2020年から連載が(それも講談社から)始まった講談師のマンガ、『ひらばのひと』であるが、おそらく講談師が主人公のマンガというのは史上初なのではないだろうか。

 確認できた限りでは、講談が主題のマンガはこれだけかつ、マンガ以外にもフィクション作品となると、1963年の直木賞を獲得したで安藤鶴夫『巷談 本牧亭』くらいしか確認出来なかった(『巷談 本牧亭』は、一部実話をモデルにしているが)。


 「修羅場ひらば(しゅらば、とも)調子」とは講談独特のリズムのことで、武具などの描写を、抑揚や息継ぎの回数を抑えて、滔々と言葉を紡いでいく語り口のことである。こうした講談独自の文化や、伝統芸能のなかでは珍しく女性が大勢を占める特色などを、二ツ目の女流講釈師・龍田泉花せんかと、泉花の弟弟子で前座の泉太郎せんたろうの視点から、物語を広げていく。

 まだまだ認知度の低い講談の境遇や、それでも「生業」にすると決めた講談師の覚悟を、力強くかつ、歯切れよくコミカルな喜怒哀楽を交えて繰り広げられる。特に「読み聞かせる」色合いの強い講談は、マンガの表現にがっちりとハマっている。「なんで今まで、『講談マンガ』ってなかったの?!」という感じすらある。


 私自身も講談教室に通い始めて5年ほどになる。通い始めたころと比較して、少しずつ参加者も増え、講談の認知度もあがっていることを実感してはいるが、「落語とどう違うんですか」という風な質問をされることも、まだまだ多い。

 「講談には釈台とおうぎがあって……」と説明するより、「とりあえず、1回観てみて!」と言いたくなることも度々ある。物語を楽しみながら、講談の世界や“哲学”に触れることのできる『ひらばのひと』には、そうした少しだけ講談に興味がある人に、「最初の1回」を後押しするマンガになっているような気がしている。

 なんとなく講談が気になっている方は、ぜひ一読していただきたい。


あかね噺

 そんな矢先、2022年からマンガ界のナンバーワン、真打とも言うべき週刊少年ジャンプに『あかね噺』という落語マンガの連載が始まった。

 確かに『ひらばのひと』とは異なり、落語には『昭和元禄落語心中』などのマンガを含め、『の・ようなもの』『しゃべれども、しゃべれども』などの映画、『ちりとてちん』などのテレビドラマ等、様々な先行作品が存在している。

 一方でこうした落語作品を思い浮かべると、『ドラゴンボール』や『ONE PIECE』と同じマンガ雑誌というのは、やや意外な取り合わせなような気がした。「友情・努力・勝利」を標榜する王道少年マンガ誌に、落語のテイストはマッチするのだろうかと感じたが、蓋を開けて見れば、とてもジャンプらしいマンガ作品だった。

 二ツ目の落語家・阿良川あらかわは、一門のトップである一生いっしょうに、真打昇進試験で破門を宣告される。その光景を目の当たりにした志ん太の娘・朱音あかねは、父の師匠である志ぐまに弟子入りし、父の果たせなかった真打を目指すことを決意する。さまざまな苦難に直面しつつも、志ぐま一門の兄弟子たちやライバルと切磋琢磨し、朱音の竹を割ったような真っ直ぐな性格で芸道に邁進していく。

 高い目標、不屈の闘志、個性豊かな仲間は、いずれも少年マンガの王道そのものである。

 『あかね噺』の特色として、ほかの落語作品と比較して、「技術論」が多く登場する部分が挙げられる。

・客席の雰囲気と自分の噺をいかに合わせるか
・古典芸能をどう現代の客にアレンジしていくか
・「一人芸」のなかで、複数のキャラを演じるバランス感

 というような、「落語演技論」が細かくストーリーに織り込まれているのだ。『鬼滅の刃』では、「呼吸」と呼ばれる様々な奥義が登場したが、『あかね噺』では、こうした高座での間合いや呼吸の技術が、バトル漫画の必殺技のような機能も果たしているのだ。
 これまで「落語っておもしろいな」という作品はあったものの、こうした切り口の作品は意外に多くない。観る上でのヒントになるのはもちろんのこと、実際に「演じてみたくなる」要素も多分に含まれているのである。

 ジャンルの違いこそあれど、私自身も『あかね噺』のそういった場面を読んで「なるほど」と感じ、ひたむきに落語を口演する朱音の姿に「俺も(講談だけど)頑張ろう」と、励まされることも多い。ナンバーワンの少年漫画誌に掲載される「演じてみたくなる」、この落語マンガはどう広がっていくのか、ストーリーはもちろんのこと、「もっと教えてください」という意味でも、続きが気になって仕方がないマンガなのである。

 ファーストワンとナンバーワン。ふたつの演芸マンガが化学反応を起こして、ここからが面白くなる……のかもしれませんが、本日のところはお時間でございます……。


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