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きのこの森。(2)

いつの間にかヒロくんは、沢山の木に囲まれた森の中に立っていました。きのこの王様は、相変わらずきのこのままでしたが、大きなカラダに手足がついて、二本の足で立っていました。背丈はヒロくんのお父さんと同じくらいです。

「ここは、どこ?」
「きのこの森だ」

ヒロくんは、これまでも保育園で何度か遠足に行ったことがあります。年長さんになってからは、けっこう高い山にも登りました。見晴らしのよい頂上に着く前に、高いスギの木の中を歩いたこともあります。でもここは、そんな景色とも少しちがっています。何がちがうんだろう。ヒロくんは熱心にまわりを観察してみました。

「木のカタチがちがう」
木は木なのだけれど、幹がとても細くて葉っぱと同じ緑色をしています。葉っぱは大きくてヒロくんの手のひらの二倍くらいあります。

「土の色もちがう」
ふつう土は茶色のはずです。ヒロくんは土の上に立っているのですが、足元は緑色をしています。コケではありません。ここは何もかもが緑色をしている森のようです。

王様が森を案内しようといって歩き始めたので、ヒロくんもあわててついていきました。二人はだまって歩きつづけました。ずんずん、ずんずん、進んでいきます。森はどこまでも続いています。ヒロくんはだんだん疲れてきました。うう、きつい。どこかに座って休みたいな。そう思っていると、
「おお、ここだ、ここだ」
と王様が言いました。

立ち止まった王様がヒロくんの方を振り返り、遠くを指さしました。ぽっかりと開いた広場のような草はらが見えてきました。その真ん中に何やら茶色いかたまりがあります。なんだろう?まだはっきりとは分かりません。

近づくにつれ、ヒロくんにもそれが何なのかが見えてきました。りっぱなツノをもった鹿が横たわっています。しんでいるのでしょうか。二人は鹿の前までくると立ち止まりました。鹿は目を閉じ、身動き一つしていません。お腹も動いていません。やっぱりしんでいるんだ。ちょっとこわいな。ヒロくんは早くここから立ち去りたいと思いましたが、こわがりだと思われたくなかったので、王様の後ろに隠れるようにしてじっとしていました。

「少し遠くから見学することにしよう」
王様は、すこし離れたところにある木の切り株を指さして、ヒロくんを手招きしました。二人が切り株に腰をおろして待っていると、緑色の地面の上を沢山の小さな白い布のようなものが揺れながら、鹿のまわりに集まってきます。
「あれは何?」
ヒロくんが王さまにたずねました。
「きのこたちだ」
王様がいいました。
「今から、鹿をむこうの世界に見送る儀式が始まるんだよ」

あちこちから、白い被りものをしたきのこたちがそろりそろりと集まってきます。手にはろうそくのような明かりを灯しています。ちっちゃいな。リスと同じくらいかな、とヒロくんは思いました。そのうち他のきのこより、もう少し背の高い、むらさき色の被り物をしたきのこがひとつ現れると、きのこたちは一斉に丸い円になって鹿のまわりを取り囲みました。

ぴちゃ、ぷちゃ、ぺちゃ、ぽちゃ、ぷにゅにゅん

むらさき色のきのこが、鹿の前でお祈りを始めました。それに合わせるように、白いきのこたちの明かりが右に左に揺れています。歌ではないのに、歌を聞いているみたいな気分です。

ぴちゃ、ぷちゃ、ぺちゃ、ぽちゃ、ぷにゅにゅん

明かりが揺れるのに合わせて、鹿のカラダがしずかに宙に浮かびはじめ、上がったり下がったりしています。
「何してるの?」
ヒロくんが、小声で王様に聞きました。
「カラダをお浄めしているのだ」
王様がこたえました。

ぴちゃ、ぷちゃ、ぺちゃ、ぽちゃ、ぷにゅにゅん

何度もなんどもお祈りの言葉がくり返された後、鹿のカラダが地面に降りてきました。きのこたちは鹿に近づき、その上にちょこんと立ちました。顔の上、のどの上、お腹の上、前足の上、後ろ足の上、ツノの上。数えきれないほどのきのこが鹿の上にのってしまうと、鹿の姿はまったく見えなくなりました。

ちゅるちゅる、ちゅるる、きゅるきゅる、きゅるる

むらさき色のきのこが、さっきとはちがうお祈りを唱えると、白いきのこたちはその場でぷるぷるとふるえ始めました。
「あ、きのこが大きくなっていく」
きのこたちはふるえながら、どの子もどの子もふくらんで、先ほどの倍くらいの大きさになりました。ぷるぷるが止まると、きのこたちは何事もなかったかのように、また列になって丸い円を作りました。

「いない、鹿がいない」
おどろいたヒロくんは、大きな声を出してしまい、あわててその口を両手でふさぎました。
「心配ないよ。鹿のカラダは無事にお浄めされたのだ」
王様がいいました。

鹿のカラダはすっかり消えてしまいました。その代わりなのか、むらさき色のきのこが胸元に、大きな丸い灰色のかたまりをかかえています。儀式が始まる前は、そんなもの持っていなかったはずなのに。むらさききのこは、地面の上をすべるようにして王様とヒロくんの元にやってきました。王様が立ち上がると、むらさききのこは両うでをあげて、そのかたまりを王様に差し出しました。王様はていねいにそれを受け取りました。

「ヒロくん、これからもう一つの儀式を行うよ」
王様がいいました。
「キミも立ち上がって、ワタシといっしょにタマシイに手をふれてごらん」
「タマシイ?」
「そう。これは鹿のタマシイなんだ」

ヒロくんはまたしてもびっくりしました。タマシイ?タマシイって火の玉なんじゃないの?おばけなんじゃないの?こんな小さな丸いかたまりがタマシイなの?

「木の実と同じだよ」
王様がいいました。
「木の実は、実の中にタネが入っているだろ?あのタネがタマシイみたいなもの。まわりの実の部分が、ココロの部分だと思えばいいよ」
「実がココロ?」
「そう。実は甘かったり、酸っぱかったりするだろ?生きてる間、ココロがいろんな体験を味わうからね。でもその真ん中には、いつも変わらないタマシイがある」

ヒロくんは頭がこんがらがってきました。木の実がココロとタマシイだって?木の実は木の実じゃないか。どんぐりだって、ただのどんぐりだぞ。考えこんでいるヒロくんのそばで、王様とむらさききのこが、ヒロくんが手を差し出すのを待っています。

(よくわかんないけど、こわがらなくたっていいさ。さわってみよう)
ヒロくんは、上着の長袖をまくりあげ、小さな手のひらをそっとタマシイにくっつけてみました。わ、あったかい。
「ヒロくん、目をつぶってごらん」
王様がやさしい声でうながしました。ヒロくんはいわれた通り、目を閉じてみました。しばらくは何も起こりませんでした。閉じたまぶたの中は真っ暗です。

じわじわとなにかが見えてきました。森の中のようです。これはヒロくんも知っている、土の茶色いふつうの森です。大きな動物が飛びはねています。
「あ、鹿だ。鹿が生きてる」
しんだ鹿が生き返ったのかと思って、ヒロくんは叫びました。
「生きてるんじゃない。これは、鹿が生きていた時の記憶なんだよ」
王様がおごそかな声でいいました。

鹿は黒い目をうるませながら、森の中を自由自在にかけまわっています。急な斜面も細い足でなんなく駆け上がり、木の皮をはいで美味しそうに口元を動かしています。鹿ってこんなふうに生きてきたんだ。ヒロくんが、鹿の記憶を頭の中で追いかけていると、王様がいいました。

「今度はそっと目を開けてごらん」
ヒロくんは、目を開けてみました。ふれている丸いかたまりの表面から、明るい黄色の光のようなものが発散しています。
「この光が鹿の記憶だよ」
王様がおしえてくれました。
「ワタシの力を注ぐと、タマシイから生きている時の記憶が、どんどんはなれていくんだ。記憶から自由になったタマシイは、むこうの世界に旅立つことになる」
「むこうの世界に行ったら、どうなるの?」
ヒロくんがたずねました。
「さあ。それはワタシには分からない」
王様がいいました。

丸いかたまりは、王様とヒロくんが見ている目の前で、少しずつ色がうすくなり、透明にちかい白色に変わっていきました。
「そろそろ出発だ。ヒロくん、もう手をはなしていいよ」
ヒロくんと王様が手をはなすと、タマシイは風船のようにゆっくりと上がっていき、空のかなたに見えなくなってしまいました。

「さよなら、元気でね」
ヒロくんは、タマシイに向かって大きく手を振って見送りました。

「これで見送りの儀式はおしまいだ」
王様が宣言すると、むらさききのこは王様におじぎをして、他の白いきのこたちの元にもどっていきました。ヒロくんも、ずいぶん疲れた気がします。どうしたんだろう。走っても暴れてもいないのに。

「キミも疲れただろう。タマシイのお浄めは、目に見えない沢山のエネルギーを必要とするからね」
「ぼくも役に立ったの?」
「もちろんさ。キミは大いに役目を果たしたよ」
それを聞いたヒロくんは、すごくうれしくなりました。ぼくは王様を助ける仕事をしたんだ。すごいぞ、王様の役に立てたなんて。

(つづく)




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