東京都では１９９０年代に平和祈念館構想があり、東京大空襲の記憶など都民３３０人の戦争体験談に関する証言をビデオ収録し、１１６人分は新たに公開・活用される予定だが、あとの人の分は行方不明になっているという。９月６日付の東京新聞に「石原慎太郎知事が『おれは反対だ』…保守派の反発で凍結された平和祈念館構想　戦争体験の記録もお蔵入りに」という記事があった。

　記事のタイトルの通り平和祈念館の構想に反対したのは石原慎太郎都知事で、９７年に展示基本設計原案が出されると、加害の歴史ばかりが強調され、自虐史観が押し付けられているという反対の声が上がった。

　都民の戦争体験に関する証言をビデオで収録したものが加害体験の中心になるというのは考えにくい。戦地に送られた元兵士の都民の証言がよほど多ければそうなるのかもしれないが、たとえ加害体験が中心であっても過去の事実を正確に語ったものであれば、戦争の記憶として留めておくべきではないかと思う。都民の戦時体験として前線に送られた元兵士たちの加害の記憶も不合理な戦争体験を強いられたものとして、人々の不戦の思いを子どもたちなど若い世代に伝えることができ、日本が戦争を繰り返さないためにも貴重なものだ。

　日本は広島の原爆慰霊碑に「安らかに眠って下さい　過ちは繰返しませぬから」と刻まれているように、戦争という過ちを繰り返さないことを誓った。その誓いや想いも証言が行方不明のままだと風化させることになってしまう。

　記事によれば、石原氏は墨田区に建設構想があった平和祈念館について「おれは反対だ」と述べたという。それ以前に都議会内で自民党や民主党右派などの反対があったようだが、石原氏の情緒的な判断によって平和祈念館の構想は凍結され、貴重な証言記録の一部が行方不明になった。右派の石原氏には平和祈念館を提唱していた早乙女勝元氏の活動に対する毛嫌いもあったのかもしれない。

　早乙女氏は「東京大空襲・戦災資料センター」の開設に尽力するなど戦争の悲惨さと平和の尊さを訴え続けた。

　早乙女氏の著書『東京大空襲』（岩波新書）には「私は・・・名もなき庶民の生き証人を通じて、“皆殺し”無差別絨毯爆撃の夜に迫る。話すほうも、きくほうもつらかった。だが、そのつらさに耐えてくれた人のために、そしてまた、ものいわぬ８万人の死者のために、私は昭和２０年３月１０日を、ここに忠実に再録してみたい。私の人間としての執念のすべてをこめて。」と記されている。

　自らが編集した『平和のための名言集』（大和書房）の前文には「人間にとってもっとも得意とするのは忘却で、不得意なのは想像力だと言った人がいるが、道理に感動が加われば、想像力もより豊かになるのではないか」と書いている。

　戦時中の証言を聞くことは、過去の悲惨な戦争の歴史を忘れることを防ぎ、また戦争への想像力が働かない政治家たちの不合理な思考や行動に対する抑止力にもなる。関東大震災後の朝鮮人虐殺について松野博一官房長官は「政府として調査したかぎり、事実関係を把握できる記録が見当たらない」と述べた。政府の官房長官として見識、知識を疑わせる発言である。もしかりにそうならば、日本は国際社会から信用をまったく失うことになるだろうが、松野氏はそれがわかっていないようだ。戦争における加害は確実にあったのだから日本人が非人道的な加害を行ったことを知ることは不戦の想いを新たにするためにも必要、重要なことだと思う。

　早乙女さんは空爆の非人道性を訴え続けたが、戦争の証言を紛失してしまうことも非人道的な行為だと思う。石原氏、松野氏、あるいは平和祈念館の建立に反対する都議会議員たちは日本が理不尽な戦争を行い、他国や日本国民に迷惑をかけ、悲惨な犠牲を強いたことを忘れているかのようだ。忘却は悲惨な戦争を繰り返すということを早乙女さんも主張していた。戦争の惨禍を繰り返さないために、平和を維持し、貴重な証言を行った人々の想いに応えるためにも、平和祈念館の構想は復活させ、行方不明になっている証言記録を探し求めるべきだと思う。

アイキャッチ画像は早乙女勝元さん
紙芝居「三月十日のやくそく」を刊行した早乙女勝元さん=東京都内
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