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10年前の読書日記3

2013年1月の記
 高尾山に初詣に行き、おみくじを引くと、大吉が出て、全札中最高の吉運とあった。おお、凄いではないか。こんなの見たことないぞ。
 これほどの運勢が出た以上、今年は何も努力しなくても大丈夫であろう。よかったよかった。
 思えば、去年は凶が出たので、努力してもしょうがない運勢とみて、とくに努力しなかったら、ろくな一年にならなかった。むしろ凶のときこそ努力すべきだったのだ。私は間違っていた。努力しないでいいのは今年だった。この一年、去年の失敗をよくよく肝に銘じて臨もうと思う。
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 今年最初に読んだ本は、ギャヴィン・メンジーズ『1421 中国が新大陸を発見した年』(ソニー・マガジンズ)。明の宦官鄭和の大船団がコロンブスより70年も前にアメリカ大陸を発見していたとする数年前に話題になったノンフィクション。決定的な証拠はないけれども、そうであってもおかしくはないし、たぶんその通りだろうと本を読む前から思っていた。読めばワクワクするのでおすすめだが、驚いたのは、コロンブスがアメリカ大陸を発見する以前から、プエルトリコにポルトガル人が入植していたという事実で、なんじゃそら、とっくに大西洋渡っとるがな、と呆れたのだった。

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 前々から子どもにスキーを体験させてやろうと思っていて、ついに八ヶ岳に行ってきた。
 ゲレンデスキーなど20年以上ぶりだ。
 そもそも人生通算でも10回目ぐらいであり、ろくに滑れないのであるが、やってみたら驚いた。
 うまくなっていたのである。
 もう40代も半ばを過ぎたというのに、しかも20年間以上一度も練習していないのに、なぜか20代の頃より、ものすごくうまくなっていた。
 20代の私は、足を揃えて円弧を切りながら、ズザザザザーッとかっこよく止まることができなかった。仕方がないから、ボーゲンと呼ばれる過剰な内股によって止まったのだが、あれは実に残尿感のある停まり方で、本人は停まったつもりでも、なぜかその後、片足が前に並んでいる人の股の間にゆっくり割り込んでいって、あーあーあー、って顰蹙なのである。
 そんな私が、このたびズザザザザー連発。急斜面でも両脚を揃えて右に左に自由自在であった。
 こんなことってあるだろうか。
 全札中最高運とはこれほどのものか、と恐ろしくなった。つまり、今年の私は何も努力しなくても、こんなにうまくいくのである。もっと言えば、20年以上努力しなかったせいでかえってエネルギーが蓄積し、これほどの効果が出たとも考えられる。
 そのうち突然英語とかペラペラ喋りだすのかもしれない。ずっと身に付けたいと思いながら何も努力してこなかったので、逆に有望だ。ほかにもロト6、重版、濡れ手に粟といったキーワードが次々脳裏に浮かんで、生来の勤勉な性格ゆえに、うっかり努力していないか、わが身を振り返って点検した。
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 ところで、もうすぐ2月。青色申告の準備にかかる。
 すでに青色にして10年以上経つのに、いまだに申告書を書くといろいろ間違える。1年に一度しか作業しないから、毎度やり方を忘れてしまうのだ。で、時期が来るたびに、また最初から手探りで書類を作るのだけれども、このたび今までずっと必要のない書類を提出していたことに気がついた。わからないことがあって税務署に確認したら、そんなのは出す義務はないと言われたのである。なんと2種類も。
 これまでどれだけその2種類で苦労していたことか。今年はそれが不要と知ってうれしい反面、なんともバカバカしい気持ちになった。
 去年のコピーを見たら、この不要だった書類の計算が間違っており、経費を1万円少なく申告している。阿呆だ。阿呆としか言いようがない。努力が仇になっている。
 努力による実害が、またひとつ明らかになった。
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 齋藤慎一『中世を道から読む』(講談社現代新書)を読む。
 ごくごく当たり前のことだが、中世には車も電車もなかったから、どこに行くのも遠かった。川ひとつ渡るのもひと苦労であり、除雪車もないから、雪が降れば出かけられなかった。おまけに地図があっても大雑把だから、道案内なしにはどこにもたどり着けなかった。
 軍を動かすとなればなおさらで、戦記では山越えとか気軽に出てくるけど、実際は、多くの場合、援軍とか行くのやめたのである。「ごめん、道が不自由で応援無理だわ。なんとか自力でがんばって。春には行くから」みたいな武将の手紙がたくさん残っているそうだ。
 とくに目からウロコは落ちなかったけど、そりゃあそうだろうな、と思いながら面白く読んだ。

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 ところで、NASAによると、地球温暖化が予想を上回るペースで進んでいるらしい。一方で、太陽を観測すると、プチ氷河期がやってくる兆しが見られるとのこと。
 なんだそれ、矛盾しとるがな。
 どう対処していいのか実に困るが、これを弁証法的に統合するなら、次のような命題が明らかになるのではなかろうか。こうだ。
 世の中にはしなくてもいい努力がある。
 いや、知らんけどな。  


本の雑誌2013年3月号より転載


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