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龍神さまの言うとおり。(第2話)

「では、予めお配りしている本日の保護者会スケジュール表二番目の項目、夏休み中の補習授業につきまして、その日程を説明いたします」

すでに机に置かれていた資料を手にして、声のする前方へ視線を向けた洋介は、比較的若く真面目そうな男性教諭が話す内容を聞きながら、この場所へ来たことを後悔していた。なぜなら、今この教室にいる男性の保護者は、洋介を含めて二人だけであったからである。

「男子校なのに、まるで女子校の中にいるみたいだな・・・」

洋介は、心の中で、そうつぶやいていた。

長男である広太郎は、都内の公立中学校から、この青雲高等学校へ編入組として受験し、合格したのだった。つまり、このF組にいる生徒は全員が高校からの編入組ということになる。

「では続きまして、先日実施した学期末考査の結果を、今からお渡ししますので、ご子息の名前を呼ばれた保護者の方は、恐縮ですが、前の方へお越しください」

男性教諭がそう言うと、クラスの出席番号順に生徒の名前を呼び始めた。

「では続いて、佐倉健太くん」

マスク姿ではあるが、目元が美しく、ブルーを基調とした上品な花柄のワンピースをスマートに着こなした女性が前へと歩き出した。

ここに集まる保護者たちは、それなりにお洒落な装いをしているものの、そのほとんどが四十歳を過ぎた、街のどこにでもいるオバサンに見える。しかし、この女性はどう見ても、三十歳代にしかみえないほど艶やかなオーラを纏い、ひときわ存在感を放っていた。

「はい、どうぞ」

男性教諭から成績表を受け取り、自席に戻るその女性の姿を、何気なく流し目で追っていた洋介は、思いがけず、その女性と目を合わせてしまった。その際、瞬間的に視線をそらした洋介であったが、なぜか、その女性のことが気になった。そして、三列ほど離れて斜め後ろの席に座るその女性を、常に自分の視界に入れながら、彼女の放つ華やかな雰囲気を感じ取ろうとしていた。

「ん?彼女も、こちらを気にしているような・・・」

洋介は、その女性も視線をこちらに向けている、そんな気がした。

「もしかして、オレに関心があるのか?まあ、それなりにスーツを着ているし、この歳でも多少はダンディなつもりだが・・・」

洋介は、心の中でそうつぶやきながら、男性教諭に呼ばれて前へと向かう他の保護者を目で追いながらも、視界の隅には、斜め後ろに座るその女性の姿が入るように振舞っていた。

「まだ、オレのほうを見ているのか・・・」

洋介は、その女性が、なおも視線を自分のほうへ向けているような気配を感じた。

「では、続いて、三河広太郎くん」

「あっ、はい」

男性教諭の声に反応して、洋介が席を立った。

「では、こちらになります」

「はい、ありがとうございます」

男性教諭から成績表を受け取り、自席に戻ろうと振り向いた洋介は、中央の列で後方に座っている、その女性からの視線を感じた。そして遂に、しっかりと視線を合わせた洋介は、次の瞬間、意図的に視線をそらすと、その女性から向けられる視線を無視するかのように、自席へと戻ったのだった。

「まさか、知り合いでもないのにオレに何度も視線を向けるなんて、ちょっと気味が悪いな」

洋介はそう思い、敢えて無視することにしたのである。

やがて、すべての成績表を渡し終わった男性教諭は、保護者会スケジュール表に記載された次の項目について話し始めた。

「え~、それでは今からですね、保護者の皆様の中から、PTAの役員になっていただく方を選出したいと思います」

男性教諭の話を聞きながら、洋介は、またもや一刻も早くこの場を離れたくなっていた。なぜなら、PTAの役員には、どうしてもなりたくなかったからである。

二十年前、大手旅行会社に入社して以来、洋介は、東京の本社や支店を次々に異動しながら、現在は新宿に店舗を構える支店に配属され、課長という肩書きで管理職をしている。目下、観光業界を取り巻く厳しい不況の中、支店経営の立て直しを求められている立場と、私生活では実質的に共働きという状況から、PTAの役員をする時間的、精神的な余裕は、今の洋介には無かった。

「まずは、立候補されたい方ですが・・・、やはり、いらっしゃらないようですね」

男性教諭が、残念そうな口調でそう言うと、続けて次のように話し始めた。

「今日は珍しく、男性の保護者様がお二人いらっしゃるので、せっかくですから、どちらかの方に、役員をお願いできないかと思っておりますが、皆さん、どうでしょう?」

当然の如く、女性の保護者からは、一斉に拍手が湧き起こった。

第3話へ続く。


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