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東京恋物語 ⑫いざ!ホストへの道

大久保の小さなワンルームマンションで奈々子と過ごし始めた数日後、祐太郎は、宮野が展開する裏ビジネスのヒントを得るため、事前に奈々子から聞いていたホストクラブへと向かって、歌舞伎町の中を歩いていた。
この数日間、祐太郎はインターネットでホストクラブの情報記事や動画を見ながら、その実態を頭に叩き込んでいた。特に、シャンパンコールの様子は、ホストクラブならではの盛り上がりを感じる。しかし、どうして女性はホストにハマるのか・・・、それが一番の謎として残っていた。
「確か、このビルの三階だ」
ホストクラブを経営するエスプリグループの系列店ゼウスは、区役所通りに面したバッティングセンター隣に建つビルの三階に入居していた。
事前のメール連絡で、面接時間は決まっており、ゼウスの代表である三上瞬と、午後五時に店の中で会う約束をしている。そして、問題がなければ、その後は、そのまま体験入店として深夜一時まで働くことになる。
三階でエレベーターを降りた祐太郎は、内心恐る恐るゼウスの店舗ドアを開けた。
「失礼します、面接で来た、小嶋と申します」
間接照明で薄暗い状態であった店内が、その瞬間にパッと明るくなった。すると次の瞬間、奥のほうから男性の声が聞こえた。
「ああ、小嶋くんね。どうぞ、入って」
「失礼します」
真面目にもスーツを着ていた祐太郎はそう言うと、L字型になったアプローチを抜けて、接客フロアへと入っていった。
思っていたほど、店内は広くはなさそうである。入って左側に受付と会計のカウンターがあり、右側には、五〇平米程の接客フロアが見える。
代表の三上と思われる男性が、カウンターから書類を持って現れた。耳が隠れる程度にストレートな茶髪、そして半袖のラガーシャツにジーパンというラフな服装である。年齢は二十代後半くらいか。そして、接客フロアの一角にあるボックス席に祐太郎を案内すると、自分の名刺をテーブルの上に置いた。
「代表の三上です。よろしく」
「小嶋祐太郎と申します。よろしくお願いします」
「履歴書持ってきた?」
「あっ、はい」
祐太郎はそう言いながら、黒いビジネスリュックから履歴書を取り出した。
「なるほど、いま大久保に住んでるんだ。でも、どうして寮に入りたいのかな?」
「実は、家賃滞納で、もう出ないといけなくて・・・」
祐太郎は、事前に考えた想定問答のとおり答えていた。
「なるほど。え~っと、これまでの仕事は・・・、葬儀屋のバイトをしてたって?」
祐太郎は、このホストクラブが宮野とつながっていることを考えて、タクシードライバーという職務経歴は記載しなかったのである。そんな履歴書を見ながら三上が、そうつぶやくように言った。
「はい。やはり葬儀屋のバイトより、もっとお金になる仕事がしたいと思って・・・、いろいろ調べてみたら、ゼウスさんがホストを募集している記事を見つけて・・・」
「いい大学出てるのに、葬儀屋してたなんて、ちょっともったいないね」
「学生時代は、あまり勉強してなかったもので・・・」
そんな祐太郎の返事を聞いていた三上は、少し間を置いて話し始めた。
「了解。でもまあ、そんな急に稼ぐホストにはなれないかもしれないけど、小嶋君って、結構イケメンだし、ヘアメと衣装次第では、いけるかもね」
「えっ、ヘアメって・・・」
「ああ、ヘアメイクのこと。色も茶髪で軽くウェーブをかけると、ん~、イイ感じになると思うよ。今はビジネススーツを着てるけど、もっとゆるい服にすればさらに磨きがかかる感じだね」
三上はそう言うと、早速今晩から体験入店をするように勧めてきたのだった。
「これが、ウチの入店マニュアル。開店前の朝礼が午後六時半だから、それまでこのレジュメ読んでおいてくれるかな。あと、源氏名も考えといて」
「あっ、はい」
「それと、何かあったらカウンターにいるから、声掛けて」
「承知しました」
祐太郎はそう言うと、緊張が解けたせいか、ソファーの背もたれに寄りかかって、大きく息を吐いた。そして周囲を改めて見回した後、手元にある入店マニュアルに目を通しはじめた。そこには、エスプリグループの総代表である美月涼の挨拶文から始まって、ホスト業界の専門用語や、営業規則、接客の仕方など、多肢にわたって記載されていたのだった。
「意外と、しっかりしたマニュアルだな・・・」
そして祐太郎は、真剣なまなざしでマニュアルをめくりはじめていた。

午後六時半。
ゼウスの接客ホールには、祐太郎を含めて出勤したホストたち十数名と、内勤スタッフ二名が、ボックス席に並んで座り、朝礼がはじまった。
まず、司会役の内勤スタッフ、トシヤが全員の前に出て、挨拶をはじめた。
「それじゃ、全員姿勢を正して・・・、おはようございます!」
「おはようございます」
「声が小さい!もう一度。おはようございます!」
「おはようございます!」
「よし。では続いて、代表からの挨拶。三上代表お願いします」
トシヤの声に合わせて、カウンターから全員の前へと、三上が現れた。
「みんな、おはよう!」
「おはようございます!」
全員の声が大きく響いたことに満足した表情で、三上が話し始めた。
「まず、今日、体入する新人を紹介する。小嶋くんです。源氏名はユウ。それでは、ユウくん、みんなに自己紹介してくれ」
そして祐太郎は、先ほどの面接時から着ているビジネススーツ姿で立ち上がると、「ユウです。頑張ります。よろしくお願いします」という簡単な自己紹介をして着席した。
その後、三上は昨日の売上状況や、トイレ奥のベランダで勤務時間内の無断喫煙と思われる形跡があったことから、今後同様な行為があれば減給することを告げて、朝礼は終了した。
その後、祐太郎はソファーから立ちあがると、事前に内勤のトシヤから言われていたトイレ掃除へと向かった。先に女性トイレを済ませて、その後は男性トイレを掃除することになる。
「ユウさん、僕もトイレ掃除なんです。一緒にやりましょう」
そう声をかけてきたのは、高校卒業後すぐにホストを始めた健太だった。入店してまだ二ヶ月とのことである。
「そうなんだ、よろしく」
祐太郎は、まだ若干幼さの残る健太にそう言って、女子トイレの中へ入っていった。
ホストクラブの女子トイレは広い空間になっており、まずは大きな鏡のあるパウダールーム、そして奥がトイレになっていた。
「ん?このモニターって・・・」
祐太郎は、トイレの便座横にある壁掛け型の小型モニターが気になった。その画面からは、グループ売上トップテンのホストや、イベント紹介の動画が放映されているが、次に現れた画面では、女性向けアダルトコンテンツの紹介が放映されていた。
「ちょっとエッチなビデオでしょ?でも、すっごく人気あるんですよ」
便座を磨きながら、横目でモニターを見ていた祐太郎に気がついたのか、健太がそう言って教えてくれた。
「へ~、意外だな~」
「だって、女性向けのAVって、男は結構イケメンで、しかもマッチョでしょ・・・、これを見ながらトイレをするもんだから、お客さんによっては、長時間トイレから出てこないこともあるんですよ」
健太は笑いながらそう言った。
「なるほどね」
祐太郎は、まさにこれが、宮野の裏ビジネスを紐解くカギになると直感した。
「おいおい、口じゃなく手を動かして、さっさとトイレ掃除しろよ~。もうすぐ七時のオープン時間だぞ」
ホールを含めた全体の清掃状況を見まわっていたトシヤが、声をかけてきた。
「はい、了解です」
祐太郎と健太は、そう言うと、再び掃除の手を動かし始めた。

深夜、午前二時。
祐太郎は、ホストクラブでの体験入店を終えて、区役所通りをまっずぐ大久保通りへと歩いていた。その途中には、暗く狭い通りがある。ヘルプ役としてかなりの酒量を飲み、千鳥足となっていたためか、祐太郎は歩道と車道の段差につまずいてしまったが、少しバランスを崩す程度で、まだ意識はしっかりとしていた。
そして、ようやく辿り着いたと言わんばかりに、部屋のドアを前にした祐太郎は、膝に手をついて深呼吸すると、ポケットからカギを取り出し、部屋のドアを開けた。
「お帰り、大丈夫?」
奈々子の声だった。
「えっ、奈々ちゃん、まだ起きてたの?」
「うん。初日だって言うから、心配で・・・」
「ありがとうネ。チョ~ットばかし・・・、酔ったかな」
祐太郎はそう言うと、玄関先で靴も脱がずに横になった。そして、なぜかその後の記憶がないまま、朝を迎えることになったのである。

午前八時。
目覚めると、祐太郎はいつの間にか、ひとりベッドで眠っていたようだ。着ていた服はすでに脱いでいて、いまはTシャツとボクサーパンツの状態である。
「昨晩、帰ったあとの、記憶が・・・、ない」
祐太郎はそうつぶやくと、ローテーブルの上には、手作りのサンドウィッチと奈々子が書き置いたメモがあるのを見つけた。
(お疲れ様でした。今日は、青山の事務所で弁護士とNPO法人設立の打ち合わせをして、その後は、恵比寿の自動車学校があるから、帰りは午後四時頃になります)
「午後四時か・・・、会えても一時間半くらいだな」
祐太郎はそう言うと、シャワーを浴びるために、バスルームへと向かった。

午前十時。
奈々子が作ったサンドイッチを食べ終わった祐太郎は、ひとり歩きながら、新宿三丁目へと向かった。
ホストの衣装として薄手のジャケット、そしてメンズ用のサマーストールを買うためである。というのも、それは昨晩、内勤のトシヤが、都内でも人気のメンズショップを教えてくれたからであった。
トシヤは、細身のスタイルで、切れ長の目が印象的な好青年である。年齢は二十代半ばくらいで、同年代に見えた。接客ホールでの彼は、インカムから延びるイヤホンを耳にあて、常に店内の込み具合をみながらヘルプホストを配置する、つけまわしという重要な役割を担っている。
祐太郎は、トシヤの言っていたメンズショップを見つけると、早速、中へと入っていった。
「これがいいかな・・・」
元々、自分が着る服には無頓着だった祐太郎は、何気なく目についた商品を手に取って、試着してみた。
「ぴったりで、よく似合っていますよ」
女性店員が声を掛けてきたため、そのついでに、お勧めのストールを探してもらうと、祐太郎は早々に会計を済ませて、その足で以前から通っていた大久保エリアの理髪店へと向かった。
通常、ホストクラブは、歌舞伎町エリア内に契約しているヘアサロンを持っている。希望するホストは、そこに予約さえすれば、代金は給与天引きで精算するため、気軽に行くことができるのだが、入店したばかりの祐太郎には、まだ使う許可は下りていなかった。
大久保通りから少し離れた場所にある、レトロな佇まいで、祐太郎が行きつけにしている理髪店に予約なしで訪れたが、運よく店内には客が一人もいない状況だった。
「あの~、すみません、ダーク系のブラウンに染めたいのですが・・・、あっと、それと・・・、できればホストっぽくカットしていただけますか?」
恥ずかしさを抑えながら、祐太郎は馴染みの男性にそう伝えた。
「いいよ。極上のホスト風に仕上げてあげるよ。あと、パーマかけてもいいかい?」
「あっ、はい。じゃあ・・・、お願いします」
「お兄さん、以前から思ってたけど、結構、草食系の美男子だから、ゆるふわパーマがいいと思うよ」
そう言われた祐太郎は内心、自分は草食ではないと複雑な心境ではあったが、理髪店の男性にまかせて、カットを始めてもらうことにした。

午後三時。
大久保にある自宅の部屋に戻った祐太郎は、早速、買ったばかりの濃紺色のカジュアルなジャケットと、淡いブルーのサマーストールを取り出した。そして、ホワイトデニムのスキニージーンズと、ブラウンのVネックシャツの上に、それらを身につけたのだった。
「まあ、ホストに見えなくはないな」
バスルーム内の鏡を見ながら、祐太郎はつぶやいた。
昨日の深夜一時、ゼウス店内で営業時間終了後にシャンパンコールのダンス練習をした際、祐太郎は、トシヤにその様子を動画撮影してくれるよう依頼していた。ローテーブルに携帯電話を置くと、祐太郎は、早速、携帯電話のアプリを使って、その動画を再生し始めた。
部屋の中には、大きな騒がしい音楽が流れ始めている。
祐太郎は、数回それを再生すると、やがて立ち上がり、その画像に合わせてダンスの練習を始めた。
どれくらい練習をしただろうか・・・、動画を見ながら、大きな音楽に合わせて踊るうちに、祐太郎は時間を忘れていた。
「あら、祐くん。何してるの?」
いつの間に帰ってきたのか、玄関には奈々子の姿があった。
「あっ、お帰り。いま、シャンパンコールの練習中なんだ」
そう言う祐太郎の姿を、奈々子はじっと見つめたままでいる。
「いや!もう、やめて。ホストに行って情報収集してなんて・・・、もう言わないから」
奈々子はそう言って、一段と魅力を増している祐太郎へと、玄関から駆け寄るように近づいた。
「だって、祐くん、前よりずっと、素敵なんだもん。だから・・・」
そして奈々子は、祐太郎の顔を見上げた。
「大丈夫だよ、浮気はしないから」
「ほんとに?」
「奈々ちゃんオンリーだよ。これからも、ずっとね」
「じゃ、もう寮には行かないで。いくら遅く帰ってきてもいいから、ここにいて」
哀願するような奈々子の目を見ながら、ゆっくりと顔を近づけた祐太郎は、「わかった」と言い終えないうちに、その唇を重ね合わせていたのだった。

<終> 第十三話ヘ

https://note.com/miyauchiyasushi/n/n610397e8dcc7

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