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龍神さまの言うとおり。(第18話)

愛媛県、八幡浜市内にある鳴滝神社。

昔から、この神社の横を流れる鳴滝には女性の龍神さまが棲んでおり、その龍神さまは瀬織津姫の化身であると伝えられていた。そして瀬織津姫は善男善女の縁を結び、子宝や安産、そして子孫繁栄にご利益がある神様であったことから、多くの人々が鳴滝神社へ参拝をしていたのだった。

ある日、鳴滝の近くに住んでいた男性に惹かれた女性の龍神さまは、美しい人間の女性に変身し、やがて恋に落ちることとなる。その後、子供を授かるのだが、男性には出産の様子を見てはならぬと告げたにもかかわらず、その男性は出産の様子を見てしまったことで、女性の龍神さまは男性のもとを去る決意をしたのだった。

洋介が、ここまで説明したところで、恭子は驚いたように自分のことを話し始めた。 

「その神社なら私も知ってるわ。実は、結婚当初の父と母は、子宝に恵まれなかったから、ある日、二人で鳴滝神社へ参拝したらしいの。それで出来た子供が私よ」

「そうか、だから・・・」

洋介は、恭子と瀬織津姫に何らかの関係があるため、二十六年前に大島の龍王池で不思議体験をしたのではないかと考えたのである。

「えっ?どうかした?」

「ん?いや、実はこれまで、独学で集めたスピリチュアルな情報を、自分なりに整理して思ったことなんだけど・・・」

洋介は、そう前置きすると、瀬織津姫についての話しを続けた。

「瀬織津姫は、化身である龍神さまを使って、この世で生じた穢れをカルマとして循環させることで浄化しているのかもしれない。そして、循環させるには人間が必要で、まだ反省や気づきが足りない穢れがあれば、それを生まれ変わりと同時にカルマとして、再び人間に背負わせて循環させているんだと思う」

「じゃあ、私にもカルマって、あったのかしら」

「そう。でも、この二十六年間で消滅したはずだよ。あの時、大島の龍王池に棲む龍神さまのお告げを守って、自分が予め設定したシナリオ通りに生きたからね。鳴滝神社の瀬織津姫が、大島の龍神さまを通して、人生を踏み間違えないよう、事前に警告したんだと思う。つまり、恭子ちゃんは生まれた時から守られていたんだよ」

「なるほど」

恭子がそう言ったところで、二人は、すでに新宿三丁目の交差点まで歩いて来ていた。洋介が勤務する会社の支店は、交差点のすぐそばにある。

妻の恵子には、会社に寄って週明けの会議で使う資料を作成すると、通信アプリで伝えていたが、実際は既に作成済みで、取り立てて会社へ寄る用事もなかったが、なぜか、このまま家に直行で帰る気になれない自分がいた。

「じゃ、僕はそこにある会社に寄って、ひと仕事してから帰るよ」

そして洋介は、交差点の角にある交番の隣に建つ商業ビルを指さした。一方、恭子は「タクシーを拾って帰る」と答えた。

明治通りを走るタクシーは、そのほとんどが空車ランプを点灯させている。そのためか、わざわざ手を上げる必要もなく、乗車する気配を感じ取ったドライバーが、二人の前で車を停めた。

「じゃ、近いうちに、また連絡するわ。今日は、いろいろと有難うね」

すでにドアを開けた状態のタクシーに乗り込みながら、恭子は微笑んで言った。

「了解。じゃ、連絡待ってるよ」

明治通りを青梅街道へと走り始めたタクシーを見送った後、洋介は横断歩道の赤信号が青に変わるのを待ちながら、上着のポケットから、携帯電話を取り出した。

「ん?恵子さん?」

洋介は、妻の恵子のことを結婚後も呼び捨てでなく、「恵子さん」と呼んでいた。その恵子から携帯電話にメールが届いていたのだった。受信時間は、一時間ほど前の午後九時となっている。

(帰りは何時頃になる?待ってるから)

送られた文章は、それだけだった。

いつもなら、(先に寝てるね)というメールが来るはずなのだが、(待ってるから)というメールに、洋介の心は若干ざわついた。

(返信が遅くなってゴメン、十一時には帰るよ)

洋介は、そう返信すると、青信号が点滅を始めた横断歩道を足早に渡り、オフィスビルの夜間通用口へと入った。

洋介が勤務する旅行会社の支店は、人通りの多いオフィスビルの一階に店舗を構え、来店客の対応もしていることから、土曜日であっても数名の社員は、ある程度遅くまで残っていることが多かった。しかし、今夜の支店内の電気はすべて消されている。

「まあ、土曜日の深夜だし、仕方ないか・・・」

洋介はそう言いながら、課長である雛段席周辺を照らす電灯スイッチを入れると、自席に座ってパソコンの電源を入れた。パソコンが立ち上がると、何かしらの業務メールが来ていないかを確認するため、洋介は、社内イントラのメールシステムを開き、受信トレイを見た。予想通り、数件の新着メールの表示が見える。

「ん?支店長から?」

洋介は、一件のメールに目を留めた。

タイトルには、「本日の臨時取締役会決議事項」と記載されている。受信時刻は、午後十時となっていた。

「えっ、支店長は、ついさっきまで、このオフィスに居たのか?」

そう言いながら、洋介は早速そのメールを開いた。

社内では、昨年の全社員を対象とした早期退職募集に続いて、管理職に限定した再募集が近日中にあると噂されていたが、このメール内容は、それとは全く違っていた。

「フェニックス計画だって?」

洋介は、その詳細を見るために、添付されていたファイルをプリントアウトした。そこには、全社員からの新規事業提案募集として、社内のリソースを活用した新たな事業を創出することで、将来に向けた経営基盤としたい旨の前書きがある。

社員であれば、個人だけでなく、グループでの応募も可能であり、締め切りは一ヶ月後の八月末、最終決定は九月中旬となっていた。

「締め切りまで、たった一ケ月しかないのか・・・。おそらく、来年三月末の決算と、その後六月の株主総会の時点で、ある程度の実績を示したいという算段なのかな?」

洋介は独り言のように、そう言って、他のメールにも目を通すと、取り立てて問題のある内容でないことを確認して、早々にパソコンをシャットダウンさせた。

「うわっ、もうこんな時間か・・・」

支店内の壁にある時計の針は、午後十時四十五分を指している。

電気スイッチを押して消灯し、入口のカギを締めた洋介は、足早に表の通りに出てタクシーを拾った。

「初台まで。ルートは、甲州街道から山手通りを右折して、最初の信号で降ります」

タクシー車内で、洋介はそう指示した。通常であれば、甲州街道を途中で右折して、水道道路を直進するところであるが、深夜であれば、常に渋滞する初台交差点もスムーズに進行でき、より早く帰ることができる。

洋介の読み通り、乗車したタクシーは、わずか五分で指定した場所に到着した。そして、洋介はタクシーを降りると、徒歩で数分の場所にある自宅マンションへと小走りに急いだ。

「ただいま。遅くなってゴメン」

そう言って玄関ドアを開け、息を切らしながらリビングルームに入った洋介は、思わず「えっ!」と、驚きの声を上げた。

第19話へ続く。

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