見出し画像

顔を覚えている男の話7

20歳をすぎた頃、ホストと関係をもった時期があった。

ホストといっても地方の小さな繁華街にあるお店。
20歳そこそこの頃で大金を貢ぐこともできないのに、私は一人のホストを好きになった。

友達に誘われて初めてホストに行った日。
新規の客なので、次から次へとホストが指名欲しさにテーブルに座る。

「可愛い」「まじでタイプ」「ずっとここにいたいんだけど」。
自信がないような女の子なら、全員に騙されるだろうような甘い言葉をホストたちが座る度につぶやいていく。

私は他人の言葉を真に受けないという特技があったので、甘い言葉を「ありがと」といって聞き流していた。

数人のホストがテーブルについたあと、これまで接客してくれたホストの中から一人だけ選んでよいといわれた。

王道のイケメンが好きな友達は、お店のNo,1のホストを真っ先に選んだ。

私は少し悩んだけれど、塩顔で少し細い身体をしたホストを選んだ。
彼は色が白く、髪も黒く、外で歩いていたらホストに見えないような風貌をしていた。

彼は他のホストとは違って私に甘い言葉をいうのではなく、初対面の私に自分の源氏名の由来などを教えてくれた。
ホストっぽくないことに惹かれた私は彼を指名した。

ホストクラブというのは特有の空気が流れている。
No.1を目指すために必死になっているホスト、汗水流して働いたお金を一晩で使ってしまう女の子たち。

薄暗い店内には彼や彼女らのたくさんの感情が混ざっている。

接客のバイトもしていたので、ホストの気持ちもよくわかる。思ってもいない言葉でお客様を喜ばせないといけない。

かたやホストに来るのは寂しい女ばっかりだ。
外で満たされない、誰かに満たしてほしい、自分を認めてほしいと思っているような寂しい女たち。

もちろんそうでない人もいるかもしれない。
でも、ホストにはまる女というのは何かを抱えている確率の方が高いだろう。

ホストの彼は私に「お金をあまり使わなくていいよ」といった。
私はこんなことをいうホストもいるのだと思った。ヘルプでついたホストに「この席ではあまり飲まなくていいから」とかも言っていた。

今思えばこれもテクニックの一つだったのかもしれないけど、寂しかった私は完全に彼が好きになっていた。

彼はとても細い指をしていた。少し身体が弱いような印象もあった。

それくらい彼は細かった。細い指でお酒のボトルを持つ彼の指を私はじっと眺めていた。

彼の話し方は優しく、包容力があった。
何かを抱えているような、寂しさを抱えているような、そんな雰囲気を持っていた。

そのうちシャンパン入れにきてとか言われるのかと思っていたけど、あれから彼のいるお店に行ったのは1回だけだった。
彼とはお店以外の場所で会っていた。お店に行く前後というより、彼のただの休みに会うだけだった。

彼の休みの日は決まってホテルに行くか、私の家で会うことが多かった。
特に外でデートもせず、ホテルか私の家でゆっくりするのが決まりだった。

彼とのセックスはやはり愛は感じなかった。

家に来たらすぐに私の服を脱がしてコトを済ませようとした。「○○は、すぐにするのが好きだったよね」といってはじめる。

私はそんなことを言ったかな?と思いつつも、可愛い女を演じて「うん」という。

彼にキスされながら頭の中では、“○○は“というフレーズに引っ掛かったけど、まあ仕事なのだから仕方ない。

他に色々な女の子とセックスをしているのだろう。一人一人の好みを覚えておくのも大変だ。彼に抱かれながらそんなことを考える。

お金を払わない私とのセックスが何になるのかわからないけど、彼が私を抱いてくれることが幸せだった。

彼の家は、海岸沿いにある高いマンションだといった。
場所まで教えてくれて、私が「行ってみたい」と何度もいったけど、連れて行ってくれることは一度もなかった。

彼の稼ぎでは住むことのできないマンションだろうから、たぶん彼女か太客と住んでいたのかもしれない。
真っ白な壁に柱がピンク色で時代遅れの外装をしたマンションだった。

彼はよく私に電話をしてきた。仕事の一貫なのであれば同伴してとかいえばいいのに、とりとめのない話をよくしていた。

一度私がどんな話の流れか忘れたけど、「大学生は人生の夏休みみたいなものだから」といった。

そしたら急に彼が不機嫌になった。楽しそうに話していた彼が急にそっけない返事をする。

彼はきっと、大学生に憧れがあったのかもしれない。彼は高校を卒業してすぐに就職して、それからホストになった。

同じような年頃の大学生は毎日遊んでいる。なのに、自分は毎日お酒を飲んで死ぬ気で働いている。
大学生という自分がなれなかった立場に、私があぐらをかいて過ごしているのが許せなかったのかもしれないと今は思う。

不機嫌になっても、次の日にはまた電話がきてどうでもいい話をする。一向にお店には誘われない。
かといって、好きとも付き合ってともいわれない。でもセックスはする。そんな関係がしばらく続いた。

就職活動が始まってきて、私はホストと遊んでいるくせに就活はまじめに取り組んでいた。

金髪に近かった髪の毛を黒く染めて、黒いリクルートスーツを着て面接にいくようになっていた。

そんなときでも相変わらずホストの彼から電話がきていた。

私は私の未来のために就活をしていた。彼の存在はなんとなくそれと反するところにいるような気がした。

彼との関係は私の未来を邪魔していく。第一志望の会社に内定をもらったら彼との関係を解消しよう。そんなことをいつも考えていた。

1日1回の電話に出ることがなくなり、週に1回気が向いたときにだけ出るようにした。
会う頻度も少なくなり、段々と彼からの電話も減っていった。

彼との未来に何もないことは私も気づいていた。

彼と一緒にいることは幸せだったけど、何も生まない。これから二人の人生において二人がこれ以上交わることはない。

彼は彼の未来を生きるし、私も私の未来があるだろう。そこをどうしても破って、一緒にいたいほどの感情はなかった。
若い私だったけれど、それくらいはわかっていた。

それから私は第一志望の会社に内定をもらった。その日から彼からの電話に出ることはなかった。

数ヶ月経って、卒業前に彼が住んでいたというマンションの近くのビーチに遊びに行った。
彼の家だというマンションを下から眺めた。彼は本当にあの部屋に住んでいたのだろうか。

相変わらず時代遅れの色をしたマンション。彼のセンスでは選ばないような外壁をしている。

結局、本当の名前も住所も何もわからなかった。

でも、数十年経った今でも彼の源氏名がすっと出るのはやはり私が好きだったという証拠なのだろうか。

ホストの彼がなぜ私と一緒にいたのかは今でもわからない。
お金を一銭も払わない私と一緒にいる時間は無駄ではなかったのだろうか。

華奢な体にぴったりのスーツを着て、夜の世界で働く彼の姿は今でも思い浮かぶ。
ホストの彼は今でも同じように働いているのではないかと思う。

自分の未来にどうしても交わらない人というのは直感でわかる。

それはなんとなく運命でもあるけれど、やっぱり自分の感情が決めている。
お互い進む未来に交わらない人。交わってはいけない人。

ホストの彼は私の未来には交わらない人だった。

この記事が参加している募集

眠れない夜に

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?