文明の子:太田光(著)の感想ではないもの

 問題のすり替えが横行するのは、それが一番簡単な方法だからだ。問題への対処を示さずに、そもそもそれが存在しなければ。と議論をする人が、それと共存できていた時代にも同じことを言っていただろうか。
 考えることをやめるには、責任を転嫁するのが手っ取り早い。そもそもこんなこと起こらなければよかった。それは災いに直面した時に誰もが思うことだが、起こってしまった以上、それと向き合うことが目下の課題であるはずだ。

 太田光(著):文明の子を今更ながら読んだのでその感想を書こうと思ったのだが、何かよく分からない説教みたいな書き出しになってしまった。著者である爆笑問題の太田光は、大衆心理に常に危機感を抱いていて、それでいて大衆というものを愛している。だからこそテレビに出るし、本だって出す。大衆に認められたいといった趣旨のことを、彼はよく口にしている。
 大衆心理は、誰かの価値観で正義や悪を生む。そして、これは悪いことだ。と決まると、正義は悪を徹底的に叩き潰す。東日本大震災の時には、たちまち、原子力発電所は、それまでには特段意識してこなかった人や、そのエネルギーの恩恵を受けていた人にとっても、大きな悪となった。メディアは正義となって、悪者を攻撃した。そのあと悪者がどうなろうと正義には関係がなくて、存分に攻撃したら、また次の悪を探してふらふら彷徨うだけだった。今回のコロナ騒動でも、東京ナンバーの車は他県で嫌がらせに遭い、県で一人目の感染者は特定されて晒されて叩かれて、大変に正義という名の大衆は忙しそうだ。
 大衆心理に従うことは、そうして生きてきた人にとっては当たり前の快感なのかもしれない。考えることをやめて従うことは、正しくて生きやすくて気持ちがいい。だけど私たちには、幸か不幸か知能があって、それにより築かれた文明がある。だから逃げていても結局は、考えることをやめられない。それなら最初から自分の頭で考えたほうが余程の快楽であると、私はそう思う。

 ここまで読んでくれた誰かは、結局小説の話をしていないと、不快に思ったかもしれない。だけどこれは仕方のないことだと、開き直りたいと思う。だって、この本は、爆笑問題の太田光が書いたのだから。だから、彼が何を考えているのかということに興味が引っ張られてしまうのは仕方のないことだと思う。物語中では2人の少年がクジラの背中に乗って空を飛ぶ。だから爆笑問題の太田も、クジラに乗って空を飛びたいんだ!とか、そんなことを言いたい訳ではない。勿論、彼がそう思っている可能性もあるとは思うのだが、彼がクジラの背中に乗って空を飛びたいと思っていようがいまいが、さして興味はない。そうではなくて、例えば物語中で実験マウスが考える、自分と母、ほかのネズミ、そしてそれを観察している人間、それぞれにみんな変わっていて、皆が違う存在なのだとか、未来はいつも面白いという言葉の意義だとか。それに、人間が人工的に大量生産される社会が、不謹慎から現実に変わる瞬間とか。そういうこと(や、そういうことを考えてしまう彼)に、私は興味があった。これは何も本の中の話だけではなく、私たちが普段接している社会そのもののように思えた。
孤食はよくない。誰かと食事の時間を楽しむことはいいことだと学校で習ったが、コロナ禍においては、孤食は正義になった。それは今の社会では仕方のないことなのかもしれない。だけどこれまでどおり、家族と、友人と、喋りながら食事をしたい人だって悪ではないし、昔から孤食を好む人だって、最初から悪なんかではなかった。もし正義というものがどこかに存在しているのなら、それは、選択肢が多いということなのかもしれない。こうあるべきだという誰かの理想が、個人の正義であってはならない。他人の理想が個人の正義だと、そう錯覚するべきではない。

 私たちはあの、一際輝く星のように、消滅しても尚進み続ける光になれるのだろうか。そうなるには今、光らなければならないが、光るといってもどうすればいいのかなんてわからない。星が光るのは、存在している証だ。私は今、存在している。ある分野の科学ではそれさえも曖昧らしいけど、私は私が存在していると信じている。そして、文明の恩恵を受けて、今、こうして文章を画面に打ち込んでいる。こんなしょうもない時間が、生きているということなのだとしたら、この時間こそが、進み続ける光なのかもしれない。

 散文ばかりで本の感想なんてちっとも書かなかったけれど、内容が気になるんなら読みゃあいいんじゃあないの。私は私の及ばない考えを、あなたという文明に整理してほしいだけだから。

愛すべき文明を、どうか嘆かないで。なんて、高い塔の見える、東京シティーの、月数万数千円の家賃の賃貸住宅の、7畳に満たない部屋に寝転がって、打ち込んでいるだけの今夜だって、明けてしまえばまた明日。

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