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生い立ちパズル 特別編:祖母

『生い立ちパズル』特別編、
祖母の話になります。
『生い立ちパズル』は こちらにまとめています。



 家族全員に どういうエピソードがあったのか、また、大人たちから見た、わたし自身の小さい頃の エピソードも 全く聞けずに育ったので
わたしが見て感じた姿しか知りません。

幸い、わたしには もうひとつという目があるので(なんか俯瞰して見てる感じ) 自分のことは ところどころ、もうひとつが見た景色を覚えています。
見せてくれます。

祖母には 恐らく 姉が二人いたと思います。
学校は出ていないと話していたことを思い出します。

読み書きはできなくても
人として、大切にしたいところは 持っている人だったと思います。

50代で わたしを預かって育ててくれました。

人見知りで 細道歩くのも
下向いて 端っこを歩きます。


祖母は、祖父の長年の女遊びで
辛い思いをしていました。

小さな頃、夜中に 目が覚めて
泣いている祖母の姿を
何度か見たことがあり、子供の頃は よくわからないままにも 悲しい寂しいの気持ちが伝わってきて、
泣いてるのを邪魔したら いけない気もして
わたしは、硬く目を閉じてました。



祖母を笑わせよう。

面白おかしく
いろんなことを話していると
祖母は  笑ってくれました。
 涙を流しながら
お腹が痛いと言いながら
「みぞちゃん、おもしろいなぁ」
と 笑っていました。


近所の嫌な大人たちのことを話しても
親のことを話しても 何かをしてくれることはなかったし、
愚痴ると 静かに
「そういう言葉は使ったらだめ」
「みんな いろんなことがあるんだよ」
と言うので なんにも どこにも捌け口がないままでしたが、
今では それがよくわかります。



いろんな場面で
その人その人の背景をも見るようになれたのは 祖母のおかげかもしれません。


一度 祖母に 同窓会の話が届いた時、
憧れていた男性がいたようなのですが
そのことを 話す祖母が
 乙女のような表情で
頬を赤らめて 嬉しそうに話していました。
話の内容は 覚えてないのですが
とにかく祖母が可愛らしくて
ぼんやりと見ていました。


いつも 寂しそうで
疲れていて
辛そうな印象があったので
こんな一面があるんだなぁ、と 思いました。
この姿は 祖母を思い出す時、必ず 浮かびます。

祖母は 字が書けませんでした。
わたしが結婚して
家を出てからですが
子供を連れて 遊びに行った時
字を教えて欲しいと言われ、
平仮名を教えたことがあります。

次に遊びに行くと
広告の裏に 鉛筆で ガタガタの字体なのですが とても素直そうな文字で
『みぞちゃん』
と書いていました。

 温かい文字だなぁ、と じーんときたことも思い出します。
字体にも 人柄を感じること あります。



あと、祖母は雷が嫌いで
雷が鳴る度 近所の仲良しさんのところへ 逃げこみます。
一度、わたしがお昼寝していた時に
雷が鳴り始めて ゴロゴロという音が大きくなったことがあります。

雷の音で 目を覚ますと 祖母は
早くも 近所の家に 飛び込んでいて
わたし ひとり置いていかれていました(笑)

これは ちょっとおかしくて ずっと、
 このことで
「あの時 おばあちゃんは わたしひとり置いて 自分だけ避難したよね」
と 笑いながら よく持ち出して つっこんでいました。


祖母は恥ずかしそうに笑っていました。


そう。可愛らしいところをもっているんです。

わたしが知る限りでは ずっと 祖母は貧しかったけど
すっとした品がありました。
藤の花を感じる人です。

なんでも隠したがるのは どういう理由があったのだろう、と 今になって 少し考えたりします。
もう少し 祖母のことも知りたかったなぁ、と思ったりもします。


 わたしに 子供が三人できて
家を離れてから かなり年数が経った頃、
祖母に 胃がんが見つかりました。

 暫く入院もしていましたが、
その頃には 祖父はもう 家にずっといたのに
自分が病院でいる間に またいなくなるのではないか、と 心配があったようで
しょっ中、病院抜け出して 家に帰っていました。

不思議です。
とても真面目だし、決まり事を破らなそうなのに こんなことをしてしまうんです。

でも そこも素敵だと思いました。


祖父が言うには、
 毎日毎日 顔見せに行くと
「毎日は来なくていい」
と言うんだそうです。

それで 数日に1回にしたところ 家にいるかどうか 確認するために
病院を抜け出して帰ってくるのだそうです。

この話は 聞いて 困ったものだけど
ほっこり笑ってしまいました。



 ある日、子供たちを連れて
お見舞いに行くと
優しい表情で
「ちゃんと顔見せて」
と 子供たちに言いました。
透けるような空気感の景色があって、
やけに その時の景色が 暫く残っていたのですが、

それが元気そうな祖母の最後でした。

それから1週間 経つか経たないかで、電話があり、
すぐに駆けつけました。


 声をかけると 反応してくれて
混沌とした意識の中、
にこっと笑い、
「心配しなくていいから 気をつけて帰りなよ」
と 言うのですが

時折、苦しさで 暴れることもあったのですが、ゆっくりと意識がなくなり、




祖母が息を引き取る瞬間の
少し前、目がかっと開いて
そのまま すっと 力がなくなり 動かなくなります。


息を引き取った瞬間に
わたしは 微熱が出ました。



そして、思い出します。

「はやく死にたい」
「死ぬ時 どうなるんやろう」
「楽になりたい」
と よく零していた祖母の言葉を。

わたしの知る限りではあるけど
誰の悪口も言わず、他人の非を 咎めるでもなく、
そんな人が亡くなる前 あんなに苦しそうで、
 神様なんて いるのだろうか、と
暫く考えたこともあります。


神様は そういう存在では無いということが 重度の鬱を越えて、気づいたので
今は 神様とそれは 別だと考えています。



 おばあちゃん、我慢しすぎたね。
たくさん荷物抱えすぎてたよ。

 ありがとう。



驚いたのは 亡くなってからです。
祖父が いろいろと手続きをしている最中に 判明したのですが、

祖母は 勝手に 祖父と離婚していたのでした。

誰にも言わず 長い間、内緒で。

何年も何年も 黙って 祖父が帰ってくるのを待ち、文句も言わず、
食事の支度をし、
まだ 家に落ち着いていなかった時も
たまに 帰ってくる祖父のワイシャツを 無言で アイロンかけて 見送っていました。

それはもう、すごいです。


執念すら感じます。


他人になることで 
それができたのかな、と思います。




 祖父も 口数少ない静かな人ですが
静かに泣いていたのを 覚えています。


葬式も終え、
叔父(実母の兄)も来ていましたが、
まあ、この人は 本当に…情けないというか。

祖父に対しての いろんな思いがあるにしても
葬式の日に 祖父に当たることはないだろう、と思うのですが
子供のように 文句言ってました。


「今、そういうことを言うべきではないでしょ」
と 言いましたが この人には効き目がないのです。

この叔父とは
『生い立ちパズル』の中で
ノイローゼになって 祖父母の家に 暫くいた叔父です。



 そして。
この葬式が終わった夜、
大変なことが起こるのです。

それは 次の、義父の話で 書きたいと思います。



祖母にまつわる余談として 少し書き足します。

祖母が亡くなって
火葬する前夜、
祖父、叔父、実母、わたしで
泊まりました。

その時 いろいろな怪奇現象が起こりました。

朝方まで
ずっと 耳をつんざくようなカナキリ音が響きます。
何度も天井を 駆け巡るのです。
すごい音です。


下に 自動ドアの出入口があるのですが
何度も何度も
開いて 誰か入ってくるような気配も感じます。


ロウソクの火も
何度も ふっといきなり
誰かの息で吹き消したかのような消え方をします。

多少、怖さもあったけど
実母とわたし ふたりで
そこは 守っていました。

祖父と叔父は ぐっすり眠っています。

特に 叔父は…
起こしても起きません。

蹴ったろか、とも思いましたが
我慢しました。

 

 祖母とお別れをして
何度目かの夜に
祖母が夢に出てきます。

血の気のない人達が
同じ方向へ
歩いてる川のような道が 人でできていました。

その向こう側に 祖母が
立って こちらを見ています。

「あ。おばあちゃん」
と、 そのすぐ後に

その人の川を どうやって渡ったのか
次の瞬間には
わたしの目の前にいました。

そして
無言で わたしの手のひらに
何かを握らせて 消えました。
何をもらったのかわかりません。


そんな夢を見ました。


その後も
風鈴の音が好きな祖母でしたが、
風鈴のないところで
音が聞こえます。

チリン、といい音です。


「うん、わかってるよ」
と 何を答えてるのか 自分でもわからないのだけど
そう話してることがあります。


祖母のお話でした。


次は 義父の話になります。





𝓉ℴ 𝒷ℯ 𝒸ℴ𝓃𝓉𝒾𝓃𝓊ℯ𝒹




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