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それぞれの心に宿る「小さな物語」を大切にしたい。

暴風が吹いた。社会は一変し、みんなが同じ行動をとるようになった。
わたしたちは一斉に自粛して、一律にお金が配られた。
みんな同じようにマスクをして、みんなトイレットペーパーの買いだめに走った。

「心はどこへ消えた」

美容院で染髪をしながら読んでいた本の文字をなぞりながら、

「大きな物語に、小さな物語はかき消されてしまう側面はたしかにあるよなあ」

と感じた。

コロナのようなパンデミック、大規模地震、航空機事故…
大きな混乱が起きると、小さな物語はかき消されてしまう。

実は今年の三が日はパートナーの姉、つまりお義姉さんが関東に出てくる予定だった。普段は子ども3人の育児に奮闘しているお義姉さんが、束の間子どもたちから離れて自分の時間を取るはずだった。

けれど今回の能登の地震の影響で、新幹線が動かなくなり、周囲の眼もあり、関東への旅行はやむを得ずキャンセルとなってしまった。

楽しみにしていたお義姉さんにとっては、悲しいし悔しかったに違いない。

だけれども日本中を動かす大規模災害のような「大きな物語」でのキャンセルは、その感情のやり場がなくなってしまう。

「わたしよりももっと大きな被害に遭った人もいるのに…」
「災害が理由だと、どこにもこの気持ちを向ける矛先がない」

2日に起きたJAL航空機事故で取り残され亡くなった2頭のペットたち。ここにもきっと「小さな物語」があったはず。
けれど2頭に思いを馳せたツイートに対しては「ペットは緊急事態でいずれにせよ後回しになる」「緊急事態でペットが客室に居たらよりパニックになる」などと批判の声が殺到している。

預けた飼い主さんがどんな気持ちで預けたのか、そこにどんな物語があったのかというn=1への想像は行き届かずに「預けた飼い主の責任」と一蹴される。

個人の責任と言ってしまえばそうかもしれないけれど。
でも、そうやって切り捨ててしまうことにも違和感がある。

みんな(マジョリティ)と同じでなければ非難や批判が飛んできたり、切り捨てられたりする社会システムや雰囲気が生きづらさを生んでいるのではないだろうか。

"違う"からつながろうではなく、"違う"から切り捨てる。
そういうムラ社会のマインドを、少しずつ変えていかなきゃいけないんじゃないだろうか。わたしたち一人一人の生きやすさのために。

年始から度重なる「大きな物語」に対峙してみると、
自分に起きるある反応に気づいた。

「わたしは小さな物語をも大切にしたいんだ。」

思えば、研修設計の会社を辞めたのもその理由だった。
社員をデータ化して数値分析したり、ハイパフォーマーとローパフォーマーに二分してハイパフォーマーを生み出すカリキュラムに怒りを感じていた。

大手企業で数万人規模の社員を抱えているから効率化を目指すなら仕方ないと頭では理解しつつも、わたしの腹の底ではそれぞれの生きてきた背景があり、そのどれをも否定したくない、という気持ちが湧いた。

ハイパフォーマーであれ、ローパフォーマーであれ、個で捉えたとき、きっとそれぞれに生きてきた文脈がある。

そこを考慮せずに業績という「結果」でジャッジメントするシステムに違和感があり、憤りがあった。

大きすぎる物語には、有無を言わせないだけの説得力がある。
だけど、そのとき、小さな物語たちが吹き飛ばされてしまったのもまた事実だ。グラフに表れる数値一つ一つを分解していくならば、そこに小さな物語たちがあって、それこそが私たちの人生の単位であったはずなのに。

「心はどこへ消えた?」

わたしたちの人生の単位を取り戻したい。

わたしの憤りの裏にあるのは、

「それぞれにある、小さな物語を大切にしたい」

という願いだった。

会社で従事していた人事界隈のDXプロジェクトに悶々としていた日々から5年が経ち、今ようやく自分の内側から湧いてくる願いをカタチにしている。

それが、「つながりの学校」だ。

つながりの学校は、感じる知性をはぐくみ《自分らしく、みんなとつながるを実現する》6か月間の自己理解プログラム。


6か月間でのメンバーの変化を目の当たりにして、
ひとりひとりに小さな物語があることを実感している。

あるメンバーは、蓋をしていた「食への想い」とまるでconnecting dotsのようなつながりを取り戻した。自分自身とのつながりを取り戻した彼女は、自分が心から好きと思える活動を通じて、色んな人と交わり、応援されるようになった。

2度の適応障害で夜も眠れなかった彼女のストーリーはこちらから。

またあるメンバーは、日常に違和感を抱き、「幸せってなんだろう」「自分とは何者なんだろう」という問いに葛藤していた。
彼は、当初求めていた成果や周りからの評価よりも、自分の内側に湧き上がる感覚が大切なことに気付いていった。今は自分の心に従い、1日1日を大切に過ごせるようになっている。


当たり前だけれどメンバーの理解スピードや、変化のスピードは人によって異なる。一見他者からわかりづらくても、本人たちは受け取っており着々と変化している。だってそもそも変化していない人なんていないのだから。

前半で見違えるような変化を遂げる人もいれば、後半でじわじわと変化が他者に伝わるようになってくる人もいる。

それも、それぞれの「小さな物語」だと思う。

わたしはそういう唯一無二の物語を聴くのも、目撃するのも好きだ。
これからもひとりひとりに流れている「小さな物語」を大切に聴いていきたい。

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\半年に1度のつながりの学校説明会&体験会はこちらから/


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