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高貴な娘は、その名を『Éclore』と云った——srecette氏のパフェを鑑賞する

Écloreが私に見せたもの。

あまり、触れてはいけないような気がして、いつもよりずっと、ずっとゆっくりとスプーンを入れた。それはトップに器用に積まれた、規則正しいダイスカットのマンゴーの果肉を落とさないための物理的な制約でもあったし、目の前の貴族の娘のような姿のパフェが纏った雰囲気からでもあった。

おいし、い。

夏のさわやかな香りを漂わせながら濃厚な甘みが口のなかへと広がる。細かな繊維が舌に触れる。ライムが口の中に入れば入るほど、マンゴーの味わいは引きたつ。まるで強力な相棒だ。オレンジ色に隠されていたジャスミンのソルベは溶けるのが速くて、すこし焦るような気持ちにさせられた。王様の襟元みたいに形作られた生クリームは滑らかでやさしくて、マンゴーやジャスミンのソルベを邪魔することなく包んでいるのに、一見するととても強そうだ。外に向ける鋭い意識と、内に向けた優しさが、相反している。あなたにわたしは触れさせないわ、わたしを統するのはわたしだけよ。そう言っているのかもしれないと思う——強いひとだ。

重い扉のようなマンゴーのメレンゲをノックする。いつ開けるべきか迷う。思い切ってスプーンで叩いてみる。コツコツ、コツコツ。ライムのソルベがいた。メレンゲを破る時、意図的に場所を操作しなければ、その下にはイングリッシュブレックファーストのアイスがくるのか、ミントミルクのソルベがくるのか、ライムのソルベがくるのか、わからない。氷菓のようなライムのソルベは、空に浮かんだ入道雲みたいに、一気に夏をもってくる。目の前の娘は室内にいる。そこがどこかはわからないけれど、たとえるなら、あのリッツ・カールトンホテルの中みたいに敷居高い。

隣の部屋にいく。ティータイムをしている。さっきまで鋭かった視線が急に和らいだ。私の存在に気が付いていないようだ。途端にリラックスした空気が流れる。彼女は、さきほどまでの彼女とは、別人のようにみえた。

また部屋を移ると、ミントミルクのソルベに迎えられた。白さに比例するように親切で、何者も拒むことのない寛容さを感じる。ソルベはトップから降りてきたマンゴーの果肉さえやさしく包み込み、やわらかくまとめあげた。もういないはずのライムゼストが、その香りだけで、パフェのトップから中盤までをひとつの曲のようにまとめあげている。

隠し部屋をみつけた。ミントミルクよりも真っ白だ。一体全体、なにがあるのだろう。おそるおそるドアをあけると、なんてことない、シンプルな内装だった。今までたくさんドキドキさせられたから、この部屋は休むのにちょうどいいな。

ぷるんっ、とろり。夢をみているかのように心地のいい時間のなかで目を閉じている。すごく安全な場所みたいで、他にひとはいないみたいに思えた。彼女でさえも。突如、すぐ近くで足音がした。ザク、ザク。だれだろう、こんなにも平穏だったのに、無音の安寧を壊したがるような、荒々しい音だった。ザク、ザク、まだ眠っていたいのに。

ぐいっ。

ものすごく強い力で腕を引かれて、驚いた。目を覚ます。そこはもう、あの豪勢に飾り付けられた館のなかではなかった。いつも通りの夏。いつも通りの風景。覚えているのは、凛とした彼女の瞳、その強さ。どこにもいなくて、確かにいた少女の姿だった。

解説

この文章は、パフェから受けた印象を、ラブレターのような、小説のような文章で綴ったものになります。

渋谷のfabcafeで、パフェ職人srecette氏のパフェを食べてきました。

今回の作品名は『Éclore』
フランス語で「孵化」を意味する単語のようです。

【メモしたパーツ(上から順に)】
ライムゼスト(ライムの皮をすりおろしたもの)
マンゴー果肉
生クリーム・パッションフルーツのソース
お花のメレンゲ
ジャスミンのソルベ
マンゴーのメレンゲ
ミントミルクのソルベ
ティーのアイス English breakfast
ゼリー
ココナッツの冷えたブランマンジェ
ココアのクッキー
チョコレートのクリーム


【総評】今回のパフェ『Éclore』を振り返って

パフェが表すのがひとつの物語であるとするならば、この作品は、srecette氏のなかでもっとも成功したものだったと思う。今までのパフェがショート・ショートの小説だったなら、今回のパフェは長編映画といえる。とても丁寧に作り込まれ、そこには意図がありながら、映し出されるのはいきいきとした演者の姿だ。小説はすべての登場人物を作者が作り上げ、喋らせるが、映画はそうではない。生身の人間はすべて監督の思い通りにはいかない。でも、それがいい。

バッドエンド、だったと思う。ハッピーで、これでよかったね、おしまい。という終わりではなかった。続きを予期せずにはいられない、不思議な終わり方だ。

タイトルの『Éclore』を直訳して「孵化」とするなら、これははじまりからおわりまでの物語で、トップのマンゴーこそが芽吹いた瞬間であり、ボトムのチョコレートが根幹と捉えることができるかもしれない。

ここで、わたしがこの作品を読み解くための事前情報として、最も印象深かった、作り手であるsrecette氏のインスタの一文を読んでほしい。

今の自分をÉcloreにおきにいきます

これを読み、食べる前から、今回のパフェは一話完結の要素がはっきりと出ているだろうと、確信していた。置いていく、ということは、ここを区切りにする、ということだと考えたからだ。実際はどうだっただろうか。

この終わりは、終わりではない。輪廻転生のようにループしていくのか、とも考えたが、きっとそうではない。やはり、このパフェには「次回」がある。映画でいえば、監督が変わるとか演者が変わるとか配給会社が変わるとか、それくらいの変更はあってもおかしくないが、これには多分、なにか続くものがある。

いつもなら、ゆめみごこちで食べ終わり、その余韻に浸っていたところだが、今回の彼女が残していったのは、期待感だった。食べ手を現実に引き戻す代わり、「次回もお楽しみに。きっといいものを見せますから。」そう言葉にはせずに言われた気分になった。

してやられたり。次回もたのしみでしょうがない。


srecetteさん。今回も、おつかれさまでした。

サポートまで……ありがとうございます。大事に使わせていただきます。