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初デートは焼き鳥屋で

気になっていた人に、会えることになった。
「仕事で近くに行くから、よかったらご飯でも」
誘ってもらえるなんて思っていなかった。うれしい。彼について知っていることは、仕事の内容と、名前。あとはメールとチャットの文字。アイコンの顔写真は解像度が低くて、いくら拡大してもよく見えなかった。

どこのお店に行こうか。
食べるのが好きだと言ったら、お店を任せてもらえた。エリアを絞って、焼き鳥に決めた。

カウンターの席で、初めて会うにしては、少し近かった。仕事の話とか、好きなお酒のことを話しながら、彼のユーモアに惹かれた。話が面白いなんて、女慣れしてるんじゃないの、なんてときめく自分の胸を押さえつけるように穿った目線を向ける。

面白い子だなとおもって。と彼が言う。今日の日まで、文面でしかやりとりをしてこなかったのに、彼はわたしに、わたしは彼に、会ってみたかった。そう強く感じていたことが、関係のない話題からも計り知られて、思わずこう言った。

「相思相愛ですね、わたしたち」

びっくりした。相思相愛なんて四字熟語が、自分の口から、それもあまりにも自然に出てきたことに。そうだね、と彼は言って、そのときの顔は覚えていないけれど、うれしそうな、穏やかな表情を見た気がする。

初めて焼き鳥屋で彼と会ったその日から、もう2年以上経っている。ずっと会っていたわけでもなくて、疎遠になるかと思っていたくらいだ。あるとき急に、会えないか、と言われて、それからあれよあれよという間にデートの回数を重ね、気がつけば、付き合っていた。

会うたびに、おいしい店を探した。気がついたことは、彼と食べるご飯は、おいしいんだってこと。正直、相手で味が変わるなんて思っていなかった。いや、味は変わらないんだが。そうだ、楽しいんだ。「うまい」「超うまい」「大将、これおいしいですね」いつでも隣にニコニコと笑っているひとがいた。

いろんなお店をまわったけど、はじめて二人で行った焼き鳥屋の味が忘れられなくて、ちょうど出会って二年目になるか、ならないか、というところで、二度目の訪問を決めた。鶏レバーのおいしさは変わっていなくて、あの日と同じカウンターはもう近すぎることはなく、あのときは頼まなかったサイドメニューに舌鼓を打ち、あの日飲んだのと同じ日本酒があることを嬉しく思った。店を出る。あの日と同じように寒い。

おいしかったね。やっぱりおいしかったね。また来たいね。

駅はどこ?
こっち。

手を繋いで、ほんの数秒、見つめあう。同じ場所へと帰る。あの日よりもずっと、相思相愛らしく見えるね、二人。身にまとった炭のやさしい香り。


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