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サザンウィンド(短編小説)−3


「このCD貸してやるよ」
夏休み明けに、ヤス君が教室で僕に紙袋を渡した。「予習も大事だけど復習も大切だからさ」
僕は意味もわからず、紙袋を受け取った。

家に帰ってCDを見た。
そこには僕とサウスが抱き合っている姿が映し出されていた。ヤス君は僕たちのことを隠し撮りしていたのだ。神聖なサウスの裸をヤス君に見られたのがショックだった。自分の行為を録画して喜ぶヤツが、僕たちの行為を隠し撮りすることを想像できなかった自分が悔しかった。サウスにだけは絶対に知られてはいけないと思った。明日、ヤス君に文句を言って、CDは返さないことに決めた。

次の日、朝一番に僕はヤス君を呼び出して言った。「ひどいじゃないか」
「何がだい」
「何がじゃないだろう。勝手に盗み撮りするなんて。あのCDは返さないからな」
「ああ、いいよ。記念に取っておけばいい。だけどあのCDはダビングしたやつだからね」
「えっ、他にもあるの?」
「ああ、部屋の貸し賃としてもらっておくよ」
「ふざけんなよ。僕によこせ」
「ダメだね。これからオマエは俺の言いなりになるんだから」
「誰が言いなりになんかなるか」
「そうか、あのCDをばらまいてもいいのか?」
「えっ?」
「俺の言うことを聞かないと、クラス中にあのビデオをばらまいてやるからな」
そのとき、僕は初めてヤス君にダマされたことを知った。

その日から僕はヤス君の使い走りにさせられた。
まずは昼休みに学食にパンを買いに行くのが僕の役目になった。それでも最初はお金を出してくれていたのに、それもいつからか僕が支払いまでしなければいけなくなった。せっかくアルバイトで稼いだお金がヤス君に奪われてしまうのは、悔しくもあり悲しくもあったが、僕にはどうすることもできなかった。何が何でもサウスに知られてはいけないから、僕はヤス君の命令に従うしかなかった。

ヤス君の命令はどんどんエスカレートしていった。休みの日もヤス君に呼び出されたら、すぐに行かなければいけなくなった。それはサウスとデートしているときでも同じだった。何か気に入らないことがあると、そのはけ口に僕に暴力を振るうようにもなった。ヤス君は心得ているもので、外から見たらわからないお腹や背中を殴ったり、蹴ったりした。
当然のこととして、僕がヤス君にいじめられていることをサウスは知った。サウスとはあれからもセックスをしているのだから、僕が裸になれば体中がアザだらけなのはすぐにバレてしまう。
「どうしたの、その傷?」
そう聞かれても、僕は本当のことを言えなかった。
「階段から落ちてケガしたんだ」
そんなウソをサウスはわけなく見抜いた。
「最近、ヤス君の言いなりになっているみたいだけど、何かあったの?」
「なんでもないよ」
僕はそれしか言えなかった。
サウスは心配そうな顔で僕を見たが、僕はサウスと視線を合わせることもできずにうつむくばかりだった。
「わかった、じゃあ私が直接ヤス君に聞いてみる」サウスが決意を固めた表情で言った。
「それだけはやめて」
僕は叫んでいた。僕の必死さにサウスは驚いたようだった。
「わかったよ。でも、ヤス君とはもう付き合わないって約束して」
「うん」
僕たちは指切りして、別れた。

1週間後の日曜日、僕はヤス君に呼び出された。
「オマエの彼女が俺のところに来て、もうオマエと会わないでほしいって頼まれたよ」
僕は驚いた。
「いい彼女じゃないか。オマエのことを本気で心配してたぜ」
「あのことは言わなかったよね」
僕はそれだけが気がかりだった。
「あまりに真剣な顔してたからさ、例のCDを渡してあげたよ」
「なんてことしてくれたんだ。僕はサウスにだけは知られたくなかったから、ヤス君の言うことを聞いてきたんじゃないか」
僕はヤス君になぐりかかったが、あっさりかわされてしまった。お返しにお腹を三発なぐられた。痛みでうずくまっている僕に、
「あの子もオマエと同じで、これからは俺の命令に従わざるを得なくなるよ。記念するべき20人目の相手にしてやるかな」
ヤス君はそう言って、去っていった。
僕はヤス君を追いかけることすらできずにお腹を抱えていた。僕は自分が情けなくて思いきり泣いた。

次の日の昼休み、サウスが僕の席にやってきて、
「放課後に話があるの」
と言った。
話の内容はわかっていたが、僕はそれにどう対応していいかわからなかった。情けない僕に愛想をつかせたにちがいない。僕はサウスとの別れを思った。でも、僕はサウスと別れたくなかった。

放課後、サウスは校門の前で待っていた。二人は黙ったまま歩いた。サウスの家の近くの公園のベンチに腰かけた。
「マーシャル、ごめんね。あのCDのことで私を守ってくれてたんだね」
「こっちこそごめん。僕はサウスを守ってやれなかった」
「そんなことないよ。マーシャルはしっかり私を守ってくれたよ」
サウスが僕を真正面から見た。
「ヤス君から自分と寝ないとCDをクラス中にばらまくって言われた」
「まさかヤス君としなかったよね」
「当たり前でしょ。私はばらまくんだったら、ばらまけばいいって言ったよ」
「サウスは大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないよ。だってあれは二人だけの大切な思い出だから。誰にもけがされたくないもん」
「でもあいつのことだから、きっとクラス中にばらまくよ」
「ここだけの秘密にしてほしいんだけど、私、明日学校を休むつもり。ヤス君の部屋に忍びこんでビデオを取り返すつもりなの」
「えっ、じゃあ僕も行くよ」
「ダメ。二人も休んだら目立っちゃうでしょ。だからマーシャルは学校に行って」
「僕があいつの部屋に行くから、サウスが学校に行けばいい」
「マーシャルは真面目だから空き巣になるなんてムリだよ」
「でも」
「いいから私に任せておいて」
サウスはそれだけ言うと、僕にキスをして家に入っていった。
                   <続く>

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