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夜長 (トカゲシリーズ 2)

「アンダルサイト。起きてたか?」
トカゲが赤いビーズのネックレスから現れてその辺にゆるりと座った。今夜は何故か正装している。ベースボールキャップは被っているが。


トカゲは私のアニムス兼教育係の男で、この世のものでも幽霊でもない。初見は8つの時。
アンダルサイトは私の名前の一つだ。



「なーんだシラフでガーランドなんかかけて。宵の口はKISSだのザック・ワイルドだのヌーノだのかけて踊って飲んでたくせに」
トカゲは私の飲み残しを勝手に飲み始める。


そう、昨夜は懐かしのメタル大会を一人でやってた。そのうち、遠くなっていった。
酔ったのではなく、どれも歌詞が響かなくなって…
聴かないけどたとえボブ・ディランでさえ、響かなかったろう。しょせんニンゲンのことばかりなのだから。
中学からずっと聴いてきたその手のロック。遠ざかってく。卒業式みたい。感傷もない。


やがてドリームシアターの静かな曲を聴いて、仕舞いにした。
音楽は言葉ではなく、メロディとリズムで響いてくる方がいいな。心臓の鼓動に合うほどの。



外には星が輝く。
また早く寝過ぎて、起きたのは深夜2時。だいたいこんなだが季節によって少しずつずれる。
窓の外の星を眺めていた。オリオンのアルニラム。三つ星の中央の星で、「真珠の帯」という意味。



アンダルサイトも星の名前みたいだけど、石の名前だ。
見る角度によってあらゆる色にくるくる変わる。流石、トカゲはよく分かってる。



角度を変える。
猫だの犬だの鳥だのが好きな人も嫌いな人もいる。
虫は即座に殺すという人から、ずっと見つめてる人もいる。
豪奢な住まいを欲する人も、ディオゲネスのように樽の中で日向ぼっこ出来れば満足というのもいる。


フレディ・マーキュリーはKeep Yourself Aliveで歌ってたっけ。まるで何世紀も生きてきた不思議な者のようなあらゆる視点を。
でも今を生きろよ。
しっかりするんだ。
Keep yourself alive.



賢者ほど、答えは「分からない」と言う気がする。
答えは一つではなく、しかも変容し続ける。自分すらも。なら、「考え続けてるけど分からない」のが一番誠実な答えになる。



「ディオゲネスってまるでお前だな。いい選択だぜ?何者にもならないってのは。とうとうお前は欲しがらなかった。誰かに金品をチラつかせられても首を横に振り続けた。やると言われた時点で腹を立てて逃げ出してきた。俺が気に入ってるのはその点。お前はちゃんと腹を立てたんだ。そして肉体感覚でない目で見た。で、選んだ男は…あいつ。
上出来だ。卒業祝いだ、ワイン出せよ」
「どうせそれが目的だったんでしょうが」
トカゲはずる賢そうにニヤリと笑った。
「まあそう言うな」
「もう切れそうよ、三百円ワイン。終わったら焼酎のお茶割りしかない。そろそろ年末だしサイフ締めないと」
「ちぇっ。金持ちに袖振るように育てたのは間違いだったかな」


世界は小さなところ。
世界はひどいところ?


微笑む夫の写真に微笑んで、実体を持たぬ竹馬の友と盃を交わして軽口を叩く。
窓の外にはあまい花の香り。星と、星が鳴いてるみたいな虫の声。


それでも世界はやっぱりきれいなところ。

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